「どーしよーかなー…………。本っ気で考えたくないけど、万が一、甲ちゃんが深刻な病気だったとしたら、治療費も入院費も要るし、生活費やローンのことも考えないとだし……。でも、甲ちゃん抜きでハントってのは、俺が死にそうだしなー……。甲ちゃん以外のバディと、なんて言い出したら、甲ちゃん、病院脱走するだろうし、付き添いとか世話のこともあるし……」

周囲の者達に奇異な目で盗み見られているのにも気付かず、腕を組み、ブツブツ独り言を吐き続けた九龍は、何となし上衣の懐を探って『H.A.N.T』を取り出した。

何をどうするつもりもなく、立ち上げた『H.A.N.T』の液晶画面を眺めながら、彼は頭を捻り続ける。

「学歴も、大っぴらに出来る職歴も無い俺みたいなのが出来る仕事は、少ないよなあ……。事情を話せば、御隠居達もあにさん達も協力してくれるだろうけど、蓬莱寺一族にも緋勇一族にも、金銭面では頼れないし……。…………あ。そうか。俺一人でもこなせるか、御隠居や兄さん達の手が借りられそうなクエスト、片っ端から制覇してけば、どうにかなる……かも? 日本国内で調達出来るブツの依頼しか受けられないけど、真神の旧校舎とか活用すれば…………────

カッ! と見開いた目で眼前の液晶を睨み付け、頭の中で電卓を弾きつつ安定した収入を得続ける道を探っていた彼は、程無く、「クエスト限定で勤しむってのは……?」と思い立ち、独り言は止めず、再度、ギンッ! と『H.A.N.T』を凝視し、ロゼッタの協会員専用サイトにアクセスして、クエストの受注画面を開いた。

「えっと…………」

「よう。奇遇だな」

────どの依頼ならイケるかなー……、とクエスト依頼内容を吟味し始めて暫し。作業に没頭していた九龍の肩を、何者かが、ポン、と叩いた。

「ひえっ! ……って、あ? お? あれ? 村雨さん?」

「久し振りだな、宝探し屋。随分と珍しい所にいるじゃねえか。偶にの休暇か何かかい?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど。村雨さんこそ、何でここに?」

「ギャンブラーが、カジノにいるのは至極当然」

気配を絶って九龍に忍び寄って来た人物は、彼と甲太郎の兄さん──蓬莱寺京一と緋勇龍麻の仲間であり友人な、超一流ギャンブラーとしての顔も持つ、村雨祇孔だった。

相変わらず、生地も仕立ても良いがド派手な服を着込んだ彼に声掛けられ、日本国内でなら未だしも、何でマカオでこの人と、と見上げながら九龍が首を捻れば、村雨はニヤリと笑いながら、ふいっと、ホテルに併設しているカジノの入り口を指差す。

九龍が陣取ったソファのある辺りは、ホテル・リスボアのロビーと併設カジノとを繋ぐ、通り道の一つに近かった。

「……あ、成程。お仕事みたいなもんですか。でも、村雨さん、そういう意味での『ホーム』は、ラスベガスじゃありませんでしたっけか?」

「まあな。だが、べガスよりマカオのが日本には近いし、ここの処、この街は景気がいいんでね。香港は、この間やり過ぎちまったから、ちょいと、な」

「ほうほう。相変わらず、稼いでますなあ」

天香の頃の諸々を切っ掛けに、京一や龍麻を介して知り合った村雨とは、徹夜で麻雀卓を囲んだこともあるので、九龍は、するりと己の隣のソファを占めた彼と世間話を始める。

「お陰様でな。処で、お前さんの相棒はどうした? 年中、ラベンダー臭いアロマ銜えてるやっこさんは」

「甲ちゃんですか? 今、一寸具合悪くしちゃってて。部屋にいますよ」

「ふーん……。京一の旦那や龍麻の先生にちょっかい出されたからか、何時でも怠そうで眠そうな顔してる割にゃ、持久力のありそうな奴だと思ったんだが」

「ははははは……。ええ、まあ……」

「……何だ? どうした、葉佩。随分、歯切れが悪いな」

「そのー……。……甲ちゃん、最近、頭痛が友達で……。でも、理由が判らなくってですね。桜ヶ丘で診て貰おうかなあ、って……」

始まった世間話の途中、村雨に甲太郎の不在を問われた彼は、ぽそっと、しかし『軽く』、今現在の悩みを零した。

「…………そんなに酷いのかい?」

「ええ……」

「成程。だから、お前さんみたいなのが、こんな所にいたのか。日本に戻る途中か? つか、いいのか、相方放っといて」

「寝てる筈ですから。……傍にいた方がいいのは判ってますけど、もしも、甲ちゃんが桜ヶ丘に入院しなきゃいけないようなことになったら、どうやって治療費稼ぐか、検討しなきゃならなかったんで。お恥ずかしい話なんですけどもー……」

「宝探し屋なんて商売やってるくせに、健気な話だな、おい」

その後も、ぽつりぽつりと零された九龍の言葉に、世知辛い……、と嘆息した村雨は、ひょいっと身を乗り出して、勝手に、開かれたままだった『H.A.N.T』の画面を覗き込む。

「あっ。村雨さーん……。一応、それ、企業秘密なんですがー……」

「お前さんの得意先な、御門の奴が『悪友』の俺相手に、そんなこたぁ言うだけ野暮だ。無防備なお前さんも悪い。────……ふーん。これが、お前さんの『稼ぎ先』の一つか。…………だってなら、龍麻の先生や京一の旦那が贔屓にしてる、小動物みたいなお前さんに、一つ、いいこと教えてやる」

「……しょ、小動物……………………。小動物って……。今は、突っ込み役の甲ちゃんいないんで、そういうのは勘弁して下さいな、村雨さん。そりゃそうと、いいことって何ですか? 只ですか?」

「ああ。ロハでいいぜ。お前さんに恩を売るのは、龍麻の先生達に恩を売ったに等しいからな」

「村雨さん。それ、ロハって言いません」

「まあまあ。いいだろう、別に。尻拭いをするのは、あの二人だ。……って、んなことより。──これ、だ」

「これ?」

少々長めに『H.A.N.T』の画面を見詰めていた村雨は、忍び笑いながらそんなことを言い出して、彼が指先で突いた箇所へ、九龍も目を走らせた。

「……妖刀・村正?」

「知らねえのか、村正」

「まさか。知ってますって。有名ですし、宝探し屋のくせに村正知らないなんて言ったら、某剣術師弟にぶん殴られます。でも、これがいいこと……?」

「そうだ。……如月の店で、売ってるぞ、それ」

「は? 売ってる? えええっ、売り物!? 妖刀・村正が? 洒落でも冗談でも無く、本物が?」

「勿論。洒落でも冗談でも無く、本物が」

「………………恐るべし、如月骨董品店……。JADEさん、何者……? って、忍の者か。…………うわ、冗談きっつい。ロマンも何も無い。伝説の妖刀・村正が売り物。骨董品店の商品……」

「如月の所にあれを持ち込んだのは、龍麻の先生と京一の旦那らしいがな。俺達が高三だった頃の、例の一連の事件絡みで拾ったとか何とか」

「……何だろう…………。どうして、兄さん達は、宝探し屋の浪漫をぶち破る人生送ってるんだろう……」

指された箇所に表示されていたのは、恐らくは好事家らしき人物よりの、『妖刀・村正を手に入れて欲しい』との依頼で、やはり、兄さん達の仲間で友人の一人な如月翡翠──九龍にとっては、ロゼッタ協会と契約を交わしている武器商人な、『JADE』と名乗る人物──の営む骨董品店にて、件の村正が売られている、と村雨に教えられた九龍は、虚ろな目をして天井を仰いだ。

「でも。だったら、村正の入手は、ものすんごく簡単ってことですよね。この仕事、かなり報酬も良いし…………。……うんっ。先ずはこれから。決めた! ──有り難うございました、村雨さん。お礼は、兄さん達から分捕って下さい!」

かるーく語られた、如月の店に村正が持ち込まれた経緯いきさつに、存在そのものが非常識な宝探し屋よりも非常識に生きてる人達を、自分と甲太郎は実の兄の如く慕っているのか……、と黄昏はしたものの、立ち直った九龍は、いいこと教えて貰った! と早速その依頼を受け、この情報の『代金』は龍麻と京一から是非に、と惨いことも言って、すっくと立ち上がる。

「おう。俺も、明日には日本に戻る。如月の所に顔出すつもりでいるから、話は通しといてやるよ。アフター・サービスだ」

「お、そうですか? 甲ちゃん次第ですけど、俺達も、明日か明後日には日本戻るつもりなんです。そっから桜ヶ丘行くから、えーと……多分、二、三日後には、JADEさんの所行けると思いますんで」

「なら、その頃に、あいつの所で。会えたら、だがな」

「はい!」

そうして、彼と村雨は、タイミングが合ったら如月の店で、と言い合い、その日は別れた。