予定外に果たした帰国二日目は、如月骨董品店での所用を済ませ次第『実家』に戻るつもりでいたのに、何だ彼
「ただいまーーー」
帰国二日目の夜を過ごしたのは、初日同様ビジネスホテルで、ガラリと、道場玄関の四枚使いの格子戸を開け、三和土に足踏み入れた際、九龍は、ちょっぴりだけ拗ねたような顔をしていた。
「ただいま」
後に続いた甲太郎も、何処と無く疲れている様子が窺える顔色で、
「あれ? 九龍に甲太郎?」
「お前等、どうしたんだ? 帰って来るなんて、一言も言ってなかったのに。何か遭ったのか?」
「疲れてるみたいな顔してるしね。……って、ああああ。何はともあれ、お帰り」
「お、そうだった。お帰り」
一階の武道場で鍛錬中だったらしい龍麻と京一は、驚きながらも彼等を出迎える。
「それがですねーー。ちょーーー……っと、予想外のことが色々遭ってですねー……」
「予想外のことって? ……ま、その話は後でいいか。取り敢えず、上行ってお茶でも飲もうよ」
「あ、はーい」
「……ああ、そうそう。昨日から、馬鹿シショーが風邪でくたばってっから、一応、静かにな」
はー、しんどい、と上がり框にへたり込んで、どうして帰国したのか、帰国してから今日まで何が遭ったのか、九龍は兄
「へ? 京梧さんが? 未だに三十代後半って言っても通っちゃう、見た目も中身も元気過ぎる人が? 四年前のあの一件で、『色々諸々突き抜けて不老になっちゃったんじゃなかろうか疑惑』を掛けたいくらい、これっぽっちも老けない元気溌剌御隠居が?」
「九ちゃん。微妙に有り得そうだから、そんな疑惑を掛けるのは止めろ。下手したら洒落にならない。これっぽっちも老けない、元気溌剌隠居ってのには同意してやるが。──鬼の霍乱か? 何時も、傍迷惑なまでに体力の塊なのに」
「それがなー。一昨日まで、シショーと龍斗サンの二人で、鳴滝のオッサンに頼まれた仕事片付けに青森まで行っててよ。仕事自体は至極簡単だったらしいんだが、終わって直ぐ、馬鹿シショーの奴、十和田湖に頭から落っこちたんだと」
「この真冬に、十和田湖に、ですか……。それも、頭から。うはー……」
「……なら、京梧さんでも風邪くらい引くな」
「そうなんだよ。何でも、この間の正月に下ろしたばっかりだったのに、草履の鼻緒が切れて足袋が滑っちゃったって話で。京梧さんでも、どうしようもなかったみたい。で、風邪引いちゃって、挙げ句、拗らせちゃってねー。大熱出して寝込んでるんだ。龍斗さんも、付きっ切りで看病してるから、そっとしといてあげて」
「成程。ラジャーです」
「ついてなかったんだな。……ま、事情は判った」
甲太郎の科白では無いが、鬼の霍乱としか言えない話を聞かされて、宝探し屋達は目を剥いたけれど、訳を知り、それはアンラッキーとしか言い様が無いと、しみじみ同情してより、
「そりゃそうと、兄さん達は何時から日本にいるんです?」
「あ? 去年末から」
「予定、変わってないか?」
「ハハハハハ。……放浪資金が尽きちゃってさー…………」
パッと彼等は話を変え、京一達と一緒に二階へ上がって行った。
京梧や龍斗のことだから、寝込んでいようと、連れ合いの看病に没頭していようと、年少二人の帰宅に気付いているのだろうが、話に聞いた通り、揃ってそれ処では無いらしく、四名が茶の間でのんびりし始めても、隠居達は自室に引っ込んだまま出て来なかった。
故に、御隠居さん達には改めて話をすればいいや、と九龍は一先ず、京一と龍麻だけに、事の仔細や、帰国してから昨日まで何をしていたのかを打ち明けた。
「……え。甲太郎も九龍も、何で、そのこと今まで…………」
「甲太郎…………。そういうことは、もっと早く言え、馬鹿野郎」
途端、龍麻の目も京一の目も吊り上がって、暫しの間、九龍と甲太郎は彼等より説教を喰らったが、たか子に診て貰ったお陰で、今日になって初めて知った甲太郎の酷い頭痛も治るなら、と程々でお怒りは引っ込めてくれ、
「でも、だったら一安心だね」
「だな。ババアが、放っときゃヤバいって言うなら、ホントにヤバいんだろうけどよ、薬で治るんだし、腕は確かだからな」
大変なことにならずに済んで良かった……、と二人は胸を撫で下ろす。
「……済まない。酷くなってからも、偏頭痛だろうと軽く考えてたし、どうしても、医者は嫌だったんだ」
「やっぱり、たか子先生に診て貰ったのは正解だったっしょ、甲ちゃん。俺も安心出来たしさ。もー、今だから言えるけど、命取られるような病気だったらどうしようかと思っちゃって……。…………あー、来た。思い出したら急に来た。良かったよぉぉぉ……。甲ちゃんの命取られないで済んだぁぁぁ…………」
案じてくれた彼等に甲太郎は詫びて、数日前までの諸々を思い出した九龍は、ドーーー……っと、涙を溢れさせながらの本気泣きを始めた。
「悪かった。九ちゃん。心配掛けて」
「ううん。本当の処は通院して経過見てみなきゃ判らないんだろうけど、たか子先生の言うこと聞いてれば、万事解決! ってなっただけで、もう。俺的にはバッチリさね。これは、思い出し泣きだし」
「けどな、だからって、いきなりは飛ばすんじゃねえぞ、甲太郎。暫くの間だけでも大人しくしとけ。ロゼッタの許可は九龍がもぎ取ったんだし、マカオで村雨と行き会ったってのも、お天道様がそうしろって言ってるんだと思って、九龍の計画通り、クエストとかさ、そういう軽めの仕事で様子見ろよ」
「それは、まあ……。……それにしても、京一さん。あんた最近益々、京梧さんみたいなこと言うようになってないか」
「……馬鹿シショーと一緒にすんのは止めろ」
「まあまあ。甲太郎は本当のこと言ってるだけなんだから、言い返しても無駄だってば、京一」
みーみーと泣き出した九龍に、龍麻がティッシュの箱を差し出しつつ慰めている間に、京一は少々年寄りめいたことを言い出し、至極冷静に甲太郎に突っ込まれ、「はい、そこ、静かに」と龍麻は間に割って入る。
「でも、俺も、京一の言う通りにした方がいいと思うかな。どの道、桜ヶ丘に通わなきゃならないんだしさ。二人共、一寸だけのんびりしたら? 丁度って言うのは何だけど、今の処、俺達のバイトも順調だし、収入源もちょっぴり増えたから、ここのローンだって、少しの間なら俺達だけで何とかなるよ」
「ほ? 収入源? 御門さんとか関係の『仕事』と、ここの生徒さん達の月謝以外に、何か当てが出来たんですか?」
「うん。真神とか天香とか、要するに学校の剣道部や空手部なんかの、顧問って言うか指導員って言うか、そんな感じのこと頼まれたりするようになったんだ。どれもこれも、長期じゃなくて臨時だけど」
「へー……。簡単に言えば、部活の先生みたいな奴ですな」
「そういうこった。後は、小蒔──ほら、俺等のダチで、今は新宿署で婦警やってるって前に話した桜井小蒔、あいつ絡みで、術科特別訓練員とか何とか言うお巡り達の相手、時々頼まれたりすることもあってよ。まあ、そっちは、俺よりもシショーのが顔出してる回数多いけど。一遍、俺にくっ付いて来たシショーに、あそこの師範が惚れ込んじまったらしくて」
「警察官が相手なら、やり甲斐がありそうな仕事だな」
ぎゃいぎゃい言い始めた京一と甲太郎を龍麻が黙らせた辺りから、一同の話は、最近、京一や龍麻が勤しんでいる仕事に絡む話になって、九龍は、ビィィィム、と盛大に鼻をかみながら、甲太郎は卓袱台に頬杖付きながら、二人の話に耳を貸し、
「……お。メールだ。何だろ」
小蒔伝で舞い込んだ警察関連の仕事がどうこう、と言う処まで話が進んだ時、茶の間の片隅に放り出されていた九龍のコートの中の『H.A.N.T』が、メールの着信音を奏でた。