伊予国一宮──現在の愛媛県今治市大三島町にある大山祇神社は、諸説あるようだが、六世紀、推古天皇の御代に摂津国三島江から移されたのを始まりとする、と言われている。
現在の所在に本殿の造営が開始されたのは八世紀初頭、大宝元年のことで、伊邪那岐命と伊邪那美命の子であり、天照大神の兄であり、須佐之男命の妻となった櫛名田比売の父母や、石長姫及び木花咲耶姫の父である大山積神を祭神としており、平安時代、伊予国一宮とされ、朝廷からは日本総鎮守の号を下賜された、誠に由緒正しい、歴史ある神社だ。
昨今では、縁結びのご利益が、とも言われている、山の神であり海の神として古くから信仰を集めてきた件の宮は、戦いの神としても崇められており、数多の武将達が武運長久を願い武具を奉納した為、国宝や重要文化財に指定されている武具甲冑の約八割を収蔵していて、故に、大三島は、別名を『国宝の島』と言う程だ。
武具甲冑の総収蔵数に至っては、数万点に及ぶ。
そして、そんな神社の境内の『何処か』に、「何が何でも手に入れなくちゃ、俺の男が廃る!」と言い張った九龍が目指す例の妖刀は、ひっそりと眠っている──筈なのだが。
「はあ? 何処かに、って、どういうことだ?」
────瀬戸内の海の幸を堪能出来る喜びと、日常の倹しさを振り返ってしまったが為の愚痴が乱れ飛んだ夕食を終え、夜更けを待ってから目指した神社の森が見え始めた時、丁度終わった九龍の解説に、はい? と京一は眉を顰めた。
「それって、あの神社の何処にブツが有るのか、判ってないってことか?」
「……えー、まあ、そういうことです、はい」
「おいおい…………。ここまで来て、それは無いだろ」
「それがですねー。どんなに調べても判らなかったんですよ。何処をどう引っ繰り返してみても、京梧さんが言ってた、『もう一振りの妖刀・村正』の話は出て来なかったんです。それっぽい噂の一つも無くって。なのに何で、京梧さんはそんなこと知ってんだ? とは思いますけど、御隠居さん達は時を超えちゃった人達なんで、幕末から現代までの間に綺麗さっぱり消えちゃった話の一つや二つ、知ってたって不思議じゃないですし、幕末の生き証人は知ってる、でも現代じゃ噂すら見当たらないブツってなら、存在さえ忘れられちゃったまま、今でもこの神社にあるんじゃないかな、と思われる訳でして」
だから九龍は、てへ、と毎度の調子で誤魔化してみせて、
「あ、それは言えてるかもね。そこにそれが在るって誰も知らないなら、手を出す人もいないもんなあ。けど、手掛かり一つ無いのに、九龍も甲太郎も、どうやって村正探すつもり? あの神社さんの境内、広いっぽいよ?」
有るには有るとしても、見付け方は? と今度は龍麻が首を捻った。
「それ、はー……。……あー…………。…………宜しくお願いします、京一さん、龍麻さん! 妖刀なら、氣とかで判ると思うんで!」
「…………一緒に来て正解だったね、京一」
「……ホントにな」
「ったく……。九ちゃんは、何でそんなに馬鹿なんだ」
すれば、そこは二人の『力』で何とか! と九龍は兄さん達を拝み倒し始め、やれやれ……、と龍麻と京一は溜息を吐いて、甲太郎は、彼の頭をスパンと引っ叩く。
「御免なさいぃ……」
「ひーちゃんも懲りねえけど、お前も懲りねえよな、何時まで経っても。……ま、いいか。取り敢えず、潜り込んでみようぜ」
「だね。それが手っ取り早いかも」
だが、今更兎や角言っても、と目立たぬ所に停めた車を後にした一行は、拝殿の方角目指して居並び、「御免なさい、勘弁して下さい、で以て見逃して下さい」とやってから、こっそり、境内の隅に忍び込んだ。
大山祇神社には、奉納された品々を展示している紫宸殿や宝物館もあるが、『おおっぴらな施設』に物騒な妖刀が秘されているならば、幾ら何でも噂の一つや二つは拾える筈だから、と敢えてそちらは無視し、暫しの間、正しく不審者の如く境内をふらふらしてみたが、これと言ってめぼしい物も場所も無く、うーむ……、と唸った九龍は、再度、京一と龍麻を拝み倒す。
「……済いません。お願いします、お二人」
「………………と、言われてもな……」
「うん。ここって、数万点も武具だの甲冑だのがあるんだろう? だからだと思うんだけど、絶対に、血生臭い系の曰くに絡んでるんだろう何かの気配が、かーなーり、するんだよねえ……。……それに」
「それに? 何です? 龍麻さん」
「この神社さん、龍穴の上に建ってるんだよ。その所為で、俺は自動的にそっちの諸々も拾っちゃうから、あっちからもこっちからも、色んなのがこんがらがって伝わって来ちゃってて、余計に判別付け辛いんだ。…………うーん、この気配の内の、どれが正解なんだろう。出来れば、お目当て以外とは関わりたくないしなあ。罰当たりそうだから」
が、判ってるけどー……と、境内を覆う暗闇の中、京一も龍麻も腕組みを始めて悩み出し、
「村正、か。……妖刀ってこた、放ってるとしたら碌でもない氣だろうが……」
「…………あ。京一。その、碌でもなさそうなのが、呼んでるっぽい」
やがて、「何か呼ばれた」と、龍麻が有らぬ方へ首巡らせた。
「呼ばれた? 何処から」
「えーと……。……あれ、外……?」
「外ですか? 境内じゃなくて?」
「うん。外みたい。ここからは、一寸離れた所っぽいかな」
「……行ってみるか」
「ああ」
『この手』のことには、軍事レーダー以上の感知能力を誇る龍麻が言うのだから、そこに何かはあるのだろうと、一同は、忍び込んだ境内から今度は忍び出て、暗い道を辿った。
探知レーダーな彼を先頭に、神社の森を右手に見ながら南目指して進み、蜜柑畑と思しきものに囲まれた小道を更に行けば、『大山祇神社・奥の院』と、矢印と共に書かれた小さな看板が出てきて、看板に沿いつつ山道を少々登ったら、大きな楠が彼等を出迎えた。
「……ああ。『生樹
「イキキノゴモン?」
「はい。その楠、根元に洞があって、それ自体がこの上の奥の院への参道になってるんで、『生きている樹の門』って意味で、生樹の御門と呼ばれてるそうで。樹齢は、二千から三千年だそうですよ。……ま、生き神様みたいな樹ですな」
「ふーん……。──で? ひーちゃん、ここか?」
「……の、脇の裏……っぽい、かな?」
「どれどれ……」
闇の中に聳える、この辺りの主なのだろうかとすら思える双幹の楠を見上げつつ、つらつらっと解説したら、少々自信無さ気ながらも『レーダー』が楠の向こう側を指差したので、ほら、と甲太郎が放り投げてくれたマグライト片手に、九龍は言われた辺りの茂みに頭を突っ込み、終いにはジタバタ藻掻きながら潜って行って、がさごそ、夜半には響き過ぎる蠢きの音を長らく立ててから、「あ、これかもー」と、ズボッと枝々の影から顔だけを出した。
「九ちゃん、何があった?」
「……それがさ。やっぱり、特にこれって物は無かったんだけど。どうしてか、何となーく惹かれた所を掘ってみたら、桐箱が出てきた。──ほれ、これ。…………まさかと思うけど、俺まで呼ばれたのかな」
「……あ、これだ。これこれ。俺、これに呼ばれたんだ。……うわー、ヤな感じ」
「…………げ。これはちょいと……」
フンフン、荒い鼻息を立てつつ匍匐前進で這い出て来た九龍が抱えていたのは、朽ち始めた長い桐箱で、「嫌過ぎる感じしかしないー」と、龍麻も京一も、盛大に顔を顰める。
「取り敢えず、車戻りませんか? 何時でもここにいるのもナニなんで」
「だな。行くか」
でも、九龍も甲太郎も特別には何も感じなかったようで、脱出! と二人は、渋い顔を崩さない兄さん達の背を押した。