「……ああ、もう……。どうしよう…………。そんなに質の悪い刀だなんて思ってもみなかった……。京梧さんには止められたけど、京一さんや龍麻さんなら何とかなる筈、なんて気楽に考えて付き合わせて、なのに、こんなことになっちゃって…………っっ。……どうしよう、甲ちゃん…………っ」
「…………俺も、九ちゃんみたいにしか考えられない……。やっぱり、あの時、切っ先が京一さんを掠めたと思ったのは、見間違いなんかじゃ無かった。俺達を庇った所為で、京一さんは……。……何でもないだなんて科白、何で信じちまったんだか…………」
龍斗達三人が病室の中へ消えた直後、九龍は、ペチャリとリノリウムの床に座り込んで泣きそうに顔を歪め、力無く項垂れる彼を引き立たせて長椅子に腰掛け直させた甲太郎も、後悔の念に苛まされている風に強く唇を噛み締めた。
「お前達だけに非が有る訳じゃない。口滑らせた俺も悪い。俺が、きっちり口噤んどきゃ、お前達だってちょっかいは出さなかった。だから、男子のくせして、何時までもクヨクヨするな」
片や力無く項垂れつつ長椅子に踞って、片や消え入りそうに立ち尽くしたまま、自分達を責める二人の頭を、京梧は、ペン、と叩くように撫でる。
「……御免なさい。本当に御免なさい…………。もう二度と、京梧さん達の言い付け破りません……。龍斗さんにまで無理させることになっちゃって……」
「らしくもなく殊勝じゃねぇか、九龍。あいつが、自分で何とかすると言い出したんだ。好きにさせときゃいい。言った通り、何とかはするだろうし、龍斗だって無茶はしねぇよ」
「なら、いいんだが……。龍斗さんが少し焦り気味に事を進めたのは、龍麻さんの──黄龍の力が膨れ上がるのを止める為でもあるんじゃないのか?」
「だろうな。だが、それも、『あいつ』だから」
「……京梧さん。今さっき、あんた、『二人分』だと龍斗さんに怒鳴ってた。…………それは、四年前の『あの時』の──」
「──甲太郎。龍斗が決めたことだ」
「………………そうだな……」
そうされてからも、覚悟を決めた風情でドカリと自身の傍らに腰下ろした京梧へ、グスグスと半泣きで九龍は言い募り続け、甲太郎は、揺れる瞳を閉ざされた病室のドアへ注いだ。
「神夷さん。私からも、お尋ねしたい事があるのですが、宜しいですか」
「あ? ……ああ、御門っつったか、お前。確か、秋月に関わりある奴だったな。──何の話だ?」
「差し障りがあるようなら、話せる限りで結構です。何故、託されたと言う例の刀を、大山祇神社に預けられたのですか? 何か、理由でも?」
「そこに村正を納めて欲しいと、刀工の末代に頼まれたからだ。理由は俺にも判らねぇな。但、くどいくらい、必ず日本総鎮守に、とは言われた」
こう、と決めた以上、誰が何を言った処で龍斗は聞く耳を持たないからと、待つだけの風情を見せ、病室の扉を眺め始めた京梧の前に立って、御門は何を思ってか、そんな質問をして、
「そうですか。日本総鎮守に、と。──では、葉佩さん。貴方にもお尋ねします。村正を見付けた時のことを、もう一度、詳しく話して下さい」
遠い昔を思い出しながらの京梧の答えに、成程……、と呟いてから、彼は続き、九龍に向き直る。
「詳しくですか? …………ええっと。始めの内は境内を探してたんですけど、龍麻さんが、この神社は龍穴の上に建ってるから…………────。──……で、生樹の御門に着いてですね。龍麻さんに言われた辺りを探ってみたら、例の刀入りの桐箱が出てきたんです。その時も不思議には思ったんですけど、目印っぽい物すら無かったのに、何でか惹かれる『只の地面』があって、試しに掘ってみたら当たりだったんですよね。だから、俺まで呼ばれちゃったのかな、なんて冗談は言いましたけど、俺にはそんなん判らないしなあ、とかも思って、結局流しちゃったんですが。…………そこの処、もっと能く考えるべきでしたかね……?」
「確実に。今更ですが」
「…………ですよね……」
自分が、京梧の忠告を軽く扱った所為で大事になってしまった……、と落ち込み真っ最中の九龍だったが、気をしっかり持って語れることを語れば、少しでも事態の解決に近付くかも知れないなら、と気持ちを入れ替え、序でに自身の頬も引っ叩いて、彼は、あの際の出来事と見た物を懸命に思い出しつつ、御門に話した。
「葉佩さん。貴方は少し、楽観が過ぎるようです。今回の件で例えるなら、緋勇の指示があったにせよ、貴方自身の言葉通り『自分にはその手合いは判らない』のに、『惹かれた場所』を掘ってみたら一発で当たりだったのですから。……少し、諸々を疑う癖をお持ちなさい。でなければ、又、同じ轍を踏みますよ」
「………………は、い……。反省します……。────で。それはそうと、今の、役に立つ話でしたか……?」
「勿論。充分、役に立ちます」
そんな彼の証言に、懸命さは買うが、どうにも、その軽率さは頂けない、と正直に言い渡してより、御門は、又不安気な顔をした彼へ一つ頷き、
「雛乃さん。一寸」
くるりと彼へ背を向け、雛乃を呼びながら、仲間達と共に京梧達の傍らより離れる。
「御門様、何か?」
「彼等の話は、少しおかしいですね。そう思いませんか」
「…………はい。正直に申し上げれば。──この数十年、大山祇神社に、そのような物が納められたなどと言う話は、私は存じません」
「私もです。神夷さんの年齢までは私も知りませんが、見た目から考えれば、彼が件の刀工の末裔に出会したのは、どう多く見積もっても二十五年前程度でしょう。昔と言っても、半世紀は経っていない昔です。それ程の妖刀があの社に納められたなら、御門家や織部家の者の耳には届く筈。御門家は、只の陰陽師ではありません。織部神社も、只の神社ではありません。でも、我々には何も知らされなかった。……そんな事が、有り得るとは思えませんが…………」
「ですが、このような事態の中、神夷様が偽りを申される筈はありません。辻褄の合わぬ話ではございますが、そのことは、今一度だけ忘れると致しませんか、御門様」
「…………そうですね。そうしましょう。それよりも、彼等の証言の方が重大です」
わざとらしかろうと何だろうと、この際、と三人から遠退いた御門と雛乃は、出来る限り声を潜め、囁き声で言い合って、
「二人の話の、どの辺がや?」
先を話せと、劉は二人を促した。
「神夷様に件の妖刀を託されたのは、村正一門だった刀工の末代に当たる方です。ならば、恐らくは桑名、若しくは三重にお住まいではないでしょうか。でしたら、最も近いお社は、天照様が御座
「日本総鎮守とは、この国全ての鎮守神を纏め、日の本をお守り下さる社であり神です。……例の人物は、神夷さん曰く、『くどいくらい日本総鎮守に刀を』と言った。緋勇が存在を感じ取り、葉佩さんが掘り当てたそれは、件の社の生樹の御門──生き神の根元に隠されていた。……平安の世、時の朝廷に日本総鎮守の号を下賜された社の生き神に、この国をも祟る妖刀の鎮めを託すと言う処置は、刀の正体を知った者には至極当然だったのでしょう。ですが、掘り返した相手が『余りにも悪かった』」
「ん? どういうことや?」
「緋勇の証言通り、日本総鎮守の下には龍穴が存在します。そして、その力を最も感じられるのは、生樹の御門近辺、と言われています。──質の悪いモノを鎮めるには、それ以上の力持つモノか、逆に、それ以上に質の悪いモノをぶつけるかの、二つに一つ。故に、あの社の者達は、生樹の御門
「……成程……。確かに、最悪やな……」
「先程の葉佩さんの話にあった通り、妖刀は、そもそも蓬莱寺で無く、緋勇
日本の神には余り馴染みの無い劉の問いに、先ず雛乃が語り、次いで御門が語り、二人の話を黙って聞いていた仲間達は、「何としても……」と強い口調で言った御門へ、一様に頷きを返したが。
ヒトの魂と言う、本来、刀などには裂ける筈も無いモノを、それでも斬ってみせた妖刀を、一体、どう調伏すれば良いのか、そんな妖刀の手に掛かって倒れた京一を、果たして、どのように救えば良いのか、誰も、咄嗟には思い付けなかった。