雛乃や御門の話は能く理解出来たし、肝に銘じられもしたが、少々の間、青年達が集ったその場は、息の詰まる沈黙に支配された。
「…………何はともあれ。出来る事から、ですね。──僕は、M+M機関の日本支部で探りを入れてみます。どうなるにせよ、どうするにせよ、葉佩君から依頼人に渡った村正は探し出さないとならないでしょうから」
が、やがて、壬生が最初に重い口を開き、自分は自分に出来る事から始める、と告げた。
「……そうだな。二振り目の妖刀・村正、それを探し出して封印出来れば、何かは変わるかも知れない。…………僕も、村正を手に入れた人物を探してみよう」
「それなら、ボクも協力出来るよ! 署で、刀剣登録証関係、調べてみる。妖刀なんか欲しがる人なら、何本も日本刀とか所持してるかも知れないよね」
「でしたら、私は、大山祇神社に問い合わせて参ります。些少なりとも、何かは判るかも知れません。……姉様」
「ああ。判ってるって。オレも一緒にやる」
「なら、私は、アン子ちゃんに連絡を取ってみるわ。アン子ちゃんに協力して貰えれば、今以上に判る事もあると思うの」
思い定めた彼に続き、如月、小蒔、雛乃、雪乃、葵も口々に言い出し、
「処で、村正が見付かったら、どうするんだ? どうやって取り返す? 彼等の話では、依頼人は好事家らしいのだろう? なら、そう簡単には手放さんだろう」
「警察官な桜井はんの前で言うのは何やけど、そこの処は、『本職』な九龍と甲太郎に任せるのがええんちゃうかいな」
「だな。そこは、俺達が動くよりも、宝探し屋が動いた方が話は早い。小僧共への協力は惜しまねえが」
「……そうですね。相手は、ロゼッタ協会に妖刀探しを依頼するような人物ですから、一般人だとしても、油断は出来ません。どう考えても、宝探し屋の領分でしょう。……すると、後は────」
醍醐、劉、村雨、御門は、九龍の依頼人に渡ってしまった村正を取り戻す術に付いて話し合い始めて。
「────京一! 京一!!」
動きを止めてしまっていた彼等が、それぞれの思う通りに動き出そうとした時、扉の閉ざされた病室の中から、龍麻の叫び声が上がった。
「甲ちゃん……」
「……大丈夫だ。京一さんなら、きっと大丈夫だから…………」
その彼の叫びは、京一が目覚めたからなのか、それとも目覚めぬからなのか、今は未だ知る由も無い九龍は、自身の傍らに立ち尽くす甲太郎を心細そうに見上げ、大丈夫、そう彼へと繰り返しつつも甲太郎は、無言で病室の扉を見据え続ける京梧を盗み見て────その時、甲太郎が握り続けていた九龍の『H.A.N.T』が、ピッと音を立てた。
それは、検出し続けていたエネルギーの消失を知らせる電子音で、無機質な響きを耳にし、バッと『H.A.N.T』の画面を覗き込んだ宝探し屋達は、『H.A.N.T』でもエネルギー源の感知が出来なくなったなら……、と期待の色を瞳に浮かべ、果たして何がどうなったのかと口を噤んだ青年達も、この分なら……、と若干の明るさを取り戻して数分後。
一同が見守り続けた扉が静かに開いて、彼等にしてみれば何故か、服の裾で左手を拭いながらの龍斗が出て来た。
「………………起きたか?」
「ああ。今、岩山院長が診てくれている」
細く開いた扉を滑り出る風に潜った彼へ、京梧が、袖の中でしていた腕組みを解きつつ眼差しを向ければ、龍斗は、真っ直ぐ彼に向き直り、頷く。
「京一さん!」
「気が付きました!? 京一さん!」
その直後、甲太郎と九龍は何かに弾かれた風に駆け出し、病室の扉を荒々しく開いて室内へ飛び込んだ。
「京一さん! 具合は? 体は?」
「御免なさい……! 俺が馬鹿やった所為で、こんな目に遭わせちゃって……っ」
又も、ここは入院患者の為の病室であるのを脳裏から吹き飛ばした二人は、並んで京一の枕辺に添い、不安や申し訳なさに歪む面で彼を覗き込む。
「済まない……。本当に……」
「龍麻さんも、御免なさい…………」
「…………おいおい……。二人揃って、どうしたよ。……俺は……俺なら、平気だから。んな顔すんじゃねえって……」
未だ揃って少年と呼ばれていた約五年前のあの頃のような、幼いとすら例えられる表情をして身を乗り出した甲太郎と九龍へ、京一は、そんな弟分達よりも遥かに幼い子供の如くに縋り続ける龍麻を慰めつつ、お前達の所為じゃない、と薄い笑みを口許に浮かべた。
「……ま、その通りだな」
────と。
何時しか病室の入り口を占め、中の様子を窺っていた青年達を掻き分けつつ龍斗と共に入室して来た、左手に自身の刀袋を掴みながらの京梧が、ツカツカ、彼へ近付いた。
「餓鬼共。退け」
九龍も甲太郎も押し退け、誰がやって来ても京一から離れようとしなかった龍麻も、無理矢理に引き剥がして龍斗に放り投げると、京梧は、何者にも留め様が無かった程に素早く神刀・阿修羅を抜き去り、振り上げたそれで、バシリと京一の左肩を打ち据える。
「京梧さん!?」
「あんた、何をっ!」
「え……。きょ、京一っ!」
「……京梧。何も、今でなくとも」
龍斗が手を貸さなければ、二度と目覚めぬまま息絶えていたかも知れない、今尚、病室のベッドに横たわっているしかない京一を、顔色一つ変えず、手加減もせず打ち据えた彼に、九龍と甲太郎は目を剥き、龍麻は悲鳴を上げ、龍斗は再び子孫な彼を抱き締めつつ、少々呆れた風な眼差しを京梧へ送ったけれども。
「馬鹿弟子。てめぇが、今、みっともねぇザマ晒してんのは、何故だ」
「……修行が、足りねえから」
重なった悲鳴も、呆れの眼差しも、入り口辺りから漂って来た、青年達よりの驚きや非難の空気も、一切合切受け流した京梧は唯、京一だけを見下ろし、普段なら、そんな事をされれば悪態の十や二十は言い返す京一も、当然の叱責だと言わんばかりに、一言のみを返した。
「修行が足りない? その程度の言い種じゃ、このザマは到底賄えねぇな。違うか、馬鹿弟子」
「…………違わない。判ってる。てめぇでも、この上無く情けねえよ。何も彼も、俺がだらしねえから」
「ほう。そこだけは飲み込めてるじゃねぇか。────お前の今は、誰の所為でも無い。妖刀相手だった所為でも無い。全ては、お前自身の至らなさに訳がある。……そうだな?」
「……ああ、そうだ。誰の所為でも無い。俺が、『足りない』所為」
「……………………なら、良し。その科白が言えるなら、今はこれで勘弁してやる」
そうして、師と弟子は、互いのみを見据え合って低い声で語り、
「餓鬼共。二度と、この件では、この馬鹿に詫びるな。誰の所為でも無い。何の所為でも無い。一から十まで、馬鹿弟子の腹ん中だけの始末だ」
己達のやり取りを受け、黙りこくってしまった一同を、くるりと振り返った京梧は、きっぱりと言い切った。
「京梧さん……」
「龍麻、お前もだ。何時までそんな顔してやがる。いい加減にしねぇか。何も彼もこの馬鹿の所為とは言え、それはそれ、これはこれってのは俺にも判ってる。馬鹿を弟子にしちまったのは俺自身だ、尻拭いくらいは手伝ってやるから」
…………ああ、この人は、『こんな瞬間』、本当に『厳しい』。──そう思いつつ、瞳揺らがせた龍麻が彼を見遣れば、京梧は至極面倒臭そうに、「どうにかはしてみせる」と呟き、
「神夷。剣の道だか何だか知らないが、主治医の目の前で、起き上がれもしない患者をぶん殴るんじゃないよ」
ドスドス、床を鳴らして近寄って来た女傑な桜ヶ丘病院長に、彼は、バキリと腹を殴られた。