「………………じゃあ。一体、どうやって……?」
好々爺のそれと見せ掛けた化け狐の笑み、としか思えなかった千貫の表情に、背中に嫌な汗を掻きながら九龍は、ソロォ……っと、その為の手段を尋ねてみた。
直に潜り込むで無く、クラッキングを試みるでも無く、外部から、それも全くの部外者が、世界最大規模のトレジャー・ハンターギルドから、ギルドの信用問題に関わる情報を奪取出来るとは、到底思えなかった。
だが、その問いに対する千貫の回答は、
「いやはや。長生きはするものですなぁ」
と言う、暢気且つ何が何だか判らない代物だった。
「…………九ちゃん。突っ込むな。疑問にも思うな。聞かなかったことにしとけ」
「……ああ。それが良かろう」
「──では、九龍様、皆守さん。暫しお待ちを」
故に、頭の天辺に大きな疑問符を浮かべた九龍の首は九十度横に傾き、甲太郎と阿門は、阿門家の誇る敏腕執事殿の『こういう部分』には、見ざる・言わざる・聞かざるを貫き通せと、諦観した風な忠告を彼へ投げ付け、当の執事殿は、一礼の後
「……何なの。マジで、千貫さんって何者……? ってか、どーやってロゼッタ
「さあな。……ま、大方、『長生きしてるから得られた』、とんでもなく広くて謎な交友関係の何処から、引っ張ってくるつもりなんじゃないか? あそこの内部にも、『色んな融通が利く友人知人』がいるのかも知れない」
気配も足音も秘めて応接間を出て行った彼を目線でのみ追い掛けて、二人掛けの長椅子に踏ん反り返っていた相方の隣に、ボスン、と勢い良く腰下ろした九龍は只々訝しみ、アロマに火を点けた甲太郎は推測を語って、
「………………だから。忘れろ、二人共」
「忘れろ? 何をですか、阿門様」
好奇心は猫をも殺すと言うのに、と呟きながら、再度の忠告をした阿門の背後から、双樹咲恵の声がした。
「あれ? 咲恵ちゃんも来てたんだ」
「久し振りね、九龍に皆守。──神鳳から連絡を貰ったのよ。桜ヶ丘中央病院で一揉め遭ったから、もしかしたら、貴方達が阿門様の所に行くかも知れない、って。どんな一揉めが遭ったのかは神鳳も白状しなかったのだけど、貴方達の揉め事は何処かに潜入する類いの筈だから、あたしにも、何か手伝えるかも知れないと思ったの」
「お、なーるほど。有り難う、咲恵ちゃん」
「いえいえ、どう致しまして。それはそうと……皆守? 貴方、アロマどうしたの?」
三人が振り返ったそこに立っていた、真冬のこの時期でも露出過多なニットの衣装に身を包んだ相変わらずの咲恵は、阿門邸を訪れた理由を告げて、ふふっ……と笑んでから、チロっと甲太郎に視線を落とす。
「アロマ?」
「今、貴方が銜えてるそれ、丘紫じゃないでしょう? 大抵の人にはラベンダーの香りとしか思えないだろうけど、本物じゃないわ」
「え、嘘。咲恵ちゃん、判るんだ」
「あら。あたしを誰だと思ってるのかしら、九龍? …………やけに、薬臭いわねぇ、それ」
「…………そりゃ、まあ……薬、だからな」
友人と言うよりは、口喧嘩仲間と例えるのが相応しいかも知れない咲恵に、アロマが、と見詰められ、咄嗟に意味を悩んでしまった甲太郎へ彼女は確信を持って言って、目を丸くした九龍と刹那のみ見詰め合った彼は、苦笑しつつ頷いた。
「薬? え、薬なの? 何の?」
「……一言で言えば、頭痛薬」
「…………そう言えば。『以前のあの時』も、頭痛がするようになって、と言っていたな、皆守。本当に、大丈夫なのか」
「ああ。わざわざ、こんな代物を桜ヶ丘の女傑に拵えて貰った甲斐あってな」
「へぇ…………。あそこの院長先生、そんなことも出来るのね。……修行させて貰いに行こうかしら」
「あ、なら、兄さん達に頼んでみて貰う? 咲恵ちゃん」
────予想外に咲恵まで駆け付けてくれたけれども、今は千貫が戻って来るのを待つ以外に出来る事は何も無く、その部屋に集った一同がそんな話に興じ始めて、約二時間後。
「お待たせ致しました」
やはり、気配も音も無く、敏腕執事殿が帰還した。
戻って来た千貫が手にしていたのは、彼等四人分のコーヒーカップを乗せた銀盆だった。
故に、九龍の頭の上には再びの疑問符が浮かび掛かったが、千貫は優雅な手付きで給仕をしつつ、宝探し屋達ご所望の、クエスト依頼人の氏名及び現住所を事も無げに告げた。
「……えっと。あーーー……。────有り難うございました、千貫さん。恩に着ます。貸しにしといて下さい。絶対、お返ししますんで」
この短時間で、恐らく、『長生きしているからこそ持てた、とんでもなく広くて謎で、様々な意味での融通が利く友人知人』の誰かから得た──脅しと言う名の交渉かも知れない──のだろう、その情報の出所や詳細なゲット手段に九龍は盛大に突っ込んでみたくなったけれども、この上無く複雑怪奇な表情を拵えることで質の悪い好奇心を飲み込み、お辞儀と共に礼だけを言う。
「では、お言葉に甘えて、『何時か必ず』お返し頂く、と言うことで。──では、私はこれで失礼致します。夕食の支度がごさいますので」
一礼に一礼を返し、が、しっかりと『後が怖い』一言をツラっと述べた敏腕執事殿は、
「……ああ、そうそう。西新宿の道場の皆様に、宜しくお伝え下さい」
最後に、何を何処まで知っているのやら……、と九龍と甲太郎の背筋を凍らせてから辞して行った。
「…………甲ちゃん。俺、怖いよ。千貫さんが怖い……」
「言うな、九ちゃん。────じゃ、行くか」
その所為で、宝探し屋とそのバディ殿は一、二分、「とんでもない人物相手に、とんでもない借りを作ってしまったかも知れない……」と頭を抱えてから立ち上がり、
「葉佩。皆守。手伝うか?」
「少しだけ時間を貰える? 何時かみたいな『特別な香り』、調香してあげる」
阿門と咲恵は、協力を申し出てくれた。
千貫とは違い、無償で。
普段通りの調子も態度も取り戻してはいたが、内心、未だに自責の念に駆られている九龍達にとって幸いだったことに、目的の人物の所在は、東京都下だった。
現在の東京都八王子市──昔々は武州下原と呼ばれていた、かつて、武州下原刀を生み出した『五箇伝※』の一つ。
正直に言えば、どうして例の依頼人が、日本刀との縁を持つ土地に住まっているのかの理由に心惹かれないでも無かったし、想像は様々に巡ったけれども、現在の九龍と甲太郎には、そんなことよりも、新宿から車で僅か一時間前後の場所、と言う方が遥かに重要で。
「この分なら、よっぽどのハプニングでも無い限り、日付が変わる頃には西新宿に戻れる! 依頼人の正体も『あっち方面』にバレずに済む! ガッツだ、俺!!」
と、阿門からレンタルした自家用車のハンドルを握り締めた九龍は、盛大に雄叫びつつアクセルを踏み込んだ。
────彼と甲太郎、それに助っ人を買って出てくれた阿門の三名を乗せた車が、天香内の阿門邸を発った時、季節柄早い日没は既に過ぎており、時刻は、午後七時を些少だけ廻った処だった。
※ 五箇伝=古刀期、著名な刀工を輩出した、日本刀の五大産地の事。