二振りの妖刀・村正を巡る騒動の終息より数えて、凡そ一月半が経った頃。
────二〇〇九年三月下旬。
────その日。
都内中心部の一等地に聳え建つ、御門グループ本社ビルの立派な応接室を、醍醐、如月、壬生、村雨、劉、小蒔、雛乃、ミサ、舞子、紗夜の、計十名が訪れた。
彼等を呼び出したのは、言わずもがな、御門晴明。
「……で。御門はん? 何の用なん? 随分と大仰やけど……」
だが、招集には応じたものの、彼等の誰も、そんな所への呼び出し理由は聞かされておらず、芙蓉では無い御門の秘書が茶や茶菓子を振る舞ってより出て行くのを待って、劉が、チロ……と、その部屋にての自身の定位置らしいソファを占める御門へ横目を流した。
「貴方達に教えて欲しい事と、報せておいた方がいいだろう事があるのです」
けれども御門は、初手からしていた厳しい表情を崩さず、酷く落ち着かない風な一同へ向けて淡々と言い出した。
「御門。遠回りな真似してねえで、さっさと本題に入りな」
「せっかちですね、村雨。いいから、黙りなさい。──先ず、貴方達だけを呼び出した理由ですが。全員、先日の妖刀騒ぎ以前から、葉佩九龍及び皆守甲太郎、若しくは、神夷京士浪──本名を蓬莱寺京梧及び緋勇龍斗と、面識があるからです」
「要するに。晴明が僕達に教えて欲しい事と言うのは、彼等に関する何かなんだな?」
「ええ、そうです。如月の言う通り。何方かと言えば、私が知りたいのは、神夷さんと龍斗さんに関してですが」
「え? 御門クン、何で? 何で今更、神夷サン達の事なんか知りたがるのさ。偶にだけど署で会うから、ボクは神夷サンだけは知ってるけど、京一やひーちゃんの話通りの人だよ?」
「舞子も、そう思うなぁ。舞子はぁ、葉佩君と皆守君しか能く知らないけどぉ、あの二人の話はぁ、今更だしぃ。……ねえ? 紗夜ちゃん?」
「ええ。何年か前に、龍斗さんが夏バテで桜ヶ丘に来られましたけど、その時も、龍麻さん、はとこが倒れてどうの、としか言ってませんでしたよ」
「…………そうですか。……では、あのお二人絡みで、何か腑に落ちない出来事はありませんでしたか?」
如月が代弁した『御門が知りたがる事』へ、小蒔や舞子や紗夜は口々に言い、ならば、と御門は問いを変える。
「腑に落ちない…………。……そう言えば、もう四年近くも前の話だが、龍山先生に神夷さん達と会った話をしたら、何故か、甚く不思議そうな顔をされた事があったような……」
「……あ! それ、わいもや。神夷はんや龍斗はんと初めて会うた時の事やろ? 神夷はんは、道心のじーちゃんの戦友やから思うて、そん時の話したったら、じーちゃんに妙な顔された」
「え…………。それ、僕もなんですが……。鳴滝館長に彼等の話をしたら、酷く驚かれた覚えが」
と、醍醐と劉と壬生が、揃って古い記憶を掘り起こし、
「……で? 御門。結局、本題は何だ?」
再び、村雨が彼を責っ付いた。
「雛乃さん。例の妖刀の件、大山祇神社からの返答は如何でしたか?」
「それが……。心当たりも記録も無い、とのお答えしか頂けませんでした。手を広げまして、四国の他のお社や、伊勢の神宮にも神社庁にも、それとなく伺ってはみましたが、皆目……」
しかし、御門は村雨を無視して雛乃へ顔を向け、突然、先日の妖刀の件を問われた彼女は、困惑顔で首を横に振る。
「私もです。何処をどう辿っても、何処に問い合わせても、二振り目の妖刀・村正に関しては、何の調べも付きませんでした。騒ぎが解決した以上、放っておいても……、とは思いましたが、どうにも引っ掛かりましてね。調べ方を変えて追ってみたんです」
「何か判ったのか? 御門」
「勿論。神社関係を辿っても無駄なら、刀そのものを辿ろうと考えて、その辺りを徹底的に掘り返してみたんです。……その結果、奇妙な事が一つ。──あの時、桜ヶ丘で神夷さんがして下さった話通り、一門に名を連ねた刀工達が村正の銘を捨て去った後も、唯一人、改銘をせずに村正を打ち続けた刀工は実在していました。恐らく、その人物が、あの妖刀を生み出した当人でしょう。そして、辛うじてですが、その末裔に当たる者の住まいに『と或る一団』が押し入り、村正を奪おうとした事件が遭ったという記録も見付かりました。…………但し」
「…………何なのさ、御門クン」
「その記録は、幕末の物なのです。今から約百五十年前の文久年間に起こった出来事で、例の刀工の末裔の住まいに押し入った『と或る一団』は、験担ぎと称して村正を求めた維新志士達。見付かった記録は、その内の一名が残した日記です。……その日記には、こうも書いてありました。件の刀工の末裔は、『実に凄まじき妖刀』を隠し持つとの噂がある。打倒徳川の為に、何としてでもその妖刀を手に入れたい、と。……挙げ句。『その出来事当時の刀工の末裔』の菩提寺には、押し込みにあった数ヶ月後、彼が、『刀の寄進』を理由に、大山祇神社参拝の為の通行手形を申請した記録が残っていました。そして、彼は以降、行方不明になっています。────ですから。神夷さんの話が全て真実であり、彼が、『刀工の末裔』に妖刀を託され大山祇神社に行ったのならば。それは、百五十年近く前の出来事でなければなりません」
「…………………………。……待ってぇな、御門はん。そやかて、神夷はんが百五十年も前に生きてた、なんて、有り得る訳あらへん」
大山祇神社と妖刀の話から続いた、御門が金に糸目を付けずに調べ上げた事柄を聞き終えた劉は、有り得ない、と言い切ったけれども。
「……確かに、そのような事は有り得ないと、私
彼と並び座っていた雛乃は、顔色を変えた。
「私にも、自分が馬鹿を言っている自覚はありますが。そう考えなければ、話の辻褄が合わないのです。それに。少々、ロゼッタ協会を揺さぶってみた処、葉佩さん達に妖刀探しを依頼した人物は、どうやら、件の刀工の『現在の末裔』に当たる人物だったようでしてね。……私達は暗黙の内に、神夷さんに妖刀を託した人物が、即ち『現在の刀工の末裔』だと思っていた筈ですが。あれが如何なる妖刀かを知り、神に委ねようとした当人が、何故、妖刀探しを宝探し屋などに依頼するんです? 神夷さんの言う『刀工の末裔』と、妖刀探しの依頼人である『刀工の末裔』は、確実に別人です」
「しかし……、そんな話、俄には…………」
「ですよね…………。確かに、俄には……」
それでも尚、仲間達は、信じられぬと口々に言って。
「警察官の桜井さんは、聞かなかった事にして欲しいのですが。実は、そこまでの調べが付いた時点で、非合法な手を用い、彼等の戸籍を調べてみました。──蓬莱寺の親族に、神夷京士浪も、蓬莱寺京梧も存在しません。龍麻の『はとこ』も、彼の実父や養父の従兄弟に当たる人物も存在しません。蓬莱寺京梧と緋勇龍斗の戸籍は存在していましたが、本籍地も現住所も西新宿の道場で、それ以前の経歴は遡れませんでした。因みに、葉佩九龍と皆守甲太郎の本籍地及び現住所も、書面上は西新宿の道場で、皆守さんは出生地まで辿れましたが、葉佩さんは前歴不明。尤も、彼が前歴不明なのは、我々も知る事情の所為でしょうが。…………いいですか? 神夷さんは蓬莱寺の親族では有り得ず、龍斗さんは龍麻のはとこでは無いんです。なのに何故か、誰よりもその事実を知っている筈の蓬莱寺と龍麻が、その件に関して口裏を合わせている。葉佩さんと皆守さんは、例の依頼人の正体も、何処から妖刀を取り返したのかも、やはり何故か、我々には隠し通した。……彼等は全員、神夷さんと龍斗さんの正体も素性も知っていて、徹底的に伏せようとしているんです」
一同を見回した御門は、日本国籍という、動かぬ証拠を突き付けた。