「悪いな、龍麻。客が来て………………。……お前と馬鹿弟子の、仲間内か?」

にっこり笑んで、暗に、近所迷惑、と訴えてきた龍麻に促されるまま、フン、と京一を押し退け上がって来た京梧は、来客中に訪問してしまったことを詫び掛け……、が、『客』の三人を見るや否や、僅か目を細めた。

「ホントだぜ。こいつ等がいるってのに──

──京一。京一が口挟むと話が逸れるから、今は黙る。ブーブー言わない。──ええ、そうなんです。俺達の友人で仲間なんです、三人共。えっと、右から……──

彼に極近しい者達には、盛大な照れ隠し、と疾っくにバレてしまっているのだが、知らぬは本人ばかりなり、という奴で、京一は、自分にとって京梧は、最悪最低で碌でなしな馬鹿師匠、と言って憚らず、今もブチブチ零すのに忙しかったから気付かぬ様子だったが、龍麻は、彼の瞳が一瞬細められたのに気付き、あれ? とその理由を訝しんだけれども、直ぐに、彼等三人が、京梧達の仲間だった者達の子孫だと気付いたのだろうと思い当たって、茶々を入れようとする京一を黙らせ、醍醐達を京梧に紹介しようとした。

──醍醐に壬生に劉、だろ?」

が、京梧は、龍麻よりも先に、三人の名を告げる。

「え?」

「拳武館の頭領と、辻占と、生臭坊主に、話だけは聞いてるからな。多分、連中がそれぞれ話してた餓鬼共だろう、ってな。……当たりか?」

醍醐達の驚きを尻目に、彼は、名を当ててみせた『理由の一つ』を明かし、

「……あ、成程」

「そういうことか。龍山先生に……」

「何や、道心のじーちゃんがネタ元かいな」

「一瞬、どうして、と思ってしまった……」

「おいおい。そんなに驚くことでもねぇだろ。──龍麻や馬鹿弟子から話を聞いてるかも知れねぇが。俺は、神夷京士浪だ。……ま、宜しくな」

改めて名乗りながら、京梧は、愉快そうに忍び笑った。

「処で、京梧さん? 京一と言い合ってたの聞こえたんですけど、龍斗さんがどうかしたんですか?」

「ああ、そうそう。……シショー、龍斗サン、ここにゃ来てねえって」

……そこまでになって、漸く話は元に戻り、部屋に上がり鉢合わせた者達との挨拶も終えたのに、刀袋を片手に突っ立ったまま座ろうともしない京梧へ、何の用だと、龍麻と京一が向き直った。

「お、そうだった。──夕方にな、龍斗の奴、何時もの店に買い物に行ってみると言って出てったんだが、未だ帰ぇって来ねぇんだ。もう、出てって三時間くらいになる。……お前達も知っての通り、あいつは、家から一歩出たら既に迷子、って奴だろう? だから、一緒に行くと言ったんだが、幾ら何でも、何時もの店くらいだったら、いい加減一人で行ける、と言い張りやがってな。半月前だったかに買ってみた携帯の使い方も覚えたし、あの店なら、俺達の部屋から十分と掛からねぇから、って譲らねぇんで好きにさせたんだが、案の定、って奴でなぁ……」

で? と問うてきた馬鹿弟子達に、京梧は溜息付き付き、押し掛けた事情を語る。

「あーーーーー…………。多分きっと、見事な迷子になってますね、龍斗さん……」

「ん? でも龍斗サン、携帯持って出たんだよな? 龍斗サンが持ってる携帯って、相当のオトシヨリでも……、って奴だから、龍斗サンの、携帯の使い方覚えた、が当てにならなくっても、シショーが電話掛けてやりゃ、出ることくらい出来んじゃねえの?」

「んなこたぁ、疾っくに試した。だが、何度掛けても出ねぇんだよ。『お客様のお掛けになった電話番号は……』って返されちまう。……っとに、三時間も何処で迷ってやがんだ、あいつは……」

「龍斗サンだかんなー……」

やれやれ……、との呟きと共に語られた事情に、龍麻と京一は速攻で納得を見せて、京梧と一緒になって溜息を付き、

「ま、そういう訳でな。ひょっとしてひょっとしたらと思って、あいつを捜しに出た序でにここに寄ってみたって奴だ。邪魔して悪かったな、龍麻」

「いえ、そんなこと」

「…………あーーーのーーー……? アニキ? 龍斗はん、て……?」

遠い目になった三人に、黙って彼等のやり取りに聞き耳を立てていた劉が、そろっと尋ねた。

「え? あ、俺のはとこ」

「はとこ? ……あ、又従兄弟っちゅー奴やな? アニキ、そないな親戚おったんやな。初耳やで?」

「あーー、うん、まあ……、一寸事情がって言うかー……。…………緋勇龍斗って言ってね、俺の父さんの従兄弟の子なんだけど、俺も、つい二ヶ月前に初めて会ったんだ。その……、俺みたいに、黄龍に関係する『力』を持って産まれて来たから、ホントに、誰からも匿われるみたいに人里離れた所でずっと暮らしてたんだって」

「へー……。そうなんや……」

「うん。で、龍斗さんも、最近になって俺の話とか色々聞かされて、俺のこと心配してくれて、何か力になれたらって、わざわざ上京して来てくれて。でも、電気すら通ってないド田舎で暮らしてた人が、いきなり東京で一人暮らしなんて出来ないから、京一が、丁度住む所探してた京梧さん紹介してくれて、龍斗さんの面倒見てくれることになってさ」

劉の問いに、龍麻は、やはり以前京一と二人ででっち上げた龍斗に関する『設定』を、少々の罪悪感と共に語って。

「成程。そんな親戚がお前にいたとはな。……だが、現代社会と隔絶されたような生活を、つい二ヶ月前までしていた人が、新宿の真ん中で三時間も迷っていると言うなら、早く捜した方がいいんじゃないのか?」

「僕も同感かな。君と同じような『力』を持っている、都会に不慣れな人が、知らずに新宿の霊的警戒地域に迷い込んでしまったら、一寸拙いと思うよ。君のはとこだって言うなら、かなり強い人なんだろうけど」

「せや。何なら、わい、龍斗はん言うお人を捜すん、手伝おか?」

「え? でも……」

「ええ、て。アニキの親戚なら、わいにも親戚みたいなもんやんか」

「俺も、手伝おう」

「僕も」

「えっと……、じゃあ、お願いしてもいいかな。有り難う、三人共」

龍斗と龍麻達がどういう関係なのかの、大凡──八割が真実ではないが──を知らされた三人は、龍斗捜しの手伝いを申し出て、数瞬、京梧や京一と顔を見合わせたものの、軽く二人に頷かれた龍麻は、三人の申し出に甘えることにした。