緋勇龍斗という彼は、一言で言えば、自分とは一寸歳の離れた兄弟、としか見えなく。
自分よりも、十センチまではいかないが、それに近いくらい背が低く、細身で。
三十代前半、という年齢がちゃんと推測出来る、言わば年相応の見た目ではあるけれども、見るからに、齢を裏切って余りある程ぼんやりしている人で、良く言えば、とても穏やかな人となりと見える、悪く言えば、ちゃんと周囲を見て歩いているか? と問いたくなるタイプ。
因みに、氣や気配は、同一人物と間違われてもおかしくないくらい、自分に似ている。
────というのが、龍斗捜しの手伝いをすべく、緋勇龍斗という彼の容姿や特徴を尋ねた醍醐達に龍麻が語ったことで。
「…………ま、要するに、アニキによう似た、三十代始めくらいのお人、捜せばええんやろ?」
「そういうことだね。兄弟と思える程龍麻によく似ていて、氣もそっくりな相手を捜せば間違いないんだろうな」
「しかし……、龍麻や京一や神夷さんが口を揃えて言っていた、『呆れるくらい、ポーーーーーー……っとしながら道を歩いている人がいたら、取り敢えず疑ってみてくれ』と言うのは、俄には信じ難いんだがな、俺には。そこまでぼんやり町中を歩いている人は、早々いないと思うんだが」
声にまで出して反復した龍斗の容姿その他に、うーーむ、と微妙な心地になりながら、三人は、西新宿の住宅街に思い思い散った。
だが、京一達の住まっている部屋や、京梧達の住まっている部屋の周辺を捜し歩いてみても、龍斗と思しき人物は見付からず、何の手掛かりもないまま一時間以上が経過してしまった為、彼等は各々、一旦、龍麻達と打ち合わせた通り、落ち合う場所に決めておいた、西新宿の片隅の小さな公園へ向かった。
しかし、パラパラと公園にやって来た龍麻達も、龍斗を連れてはおらず。
「何処行っちゃったんだろうなあ、龍斗さん……」
「さーて……。三時間あったら、かなり遠くまで行けちまうからな」
「西新宿から出ちゃいねぇとは思うんだが」
「何で、そう言い切れんだよ、シショー?」
「家の近所で道に迷った時、大きな通りにぶち当たったら、絶対に渡らずに引き返して来いと、あいつに言い聞かせてあるからだ。幾らあいつでも、大通りさえ目に入らない筈はねぇ。…………多分」
「大きな通り……。……と言うことは、少なくとも、甲州街道や青梅街道は越えていない、ということになるね」
「そやな。多分、方南通りや山手通りも越えてないんちゃう?」
「ん? 一寸待てよ……? と、なると。龍斗サン、西新宿五丁目か四丁目──どんなに行ってたって、三丁目から先には行ってないってことになるぜ? その狭い中で、どうやって三時間も迷えんだ……?」
「俺に訊くんじゃねぇよ、馬鹿弟子」
公園のど真ん中で、大の男六人で顔付き合わせ、龍斗の居場所の推理合戦をした彼等は。
「…………なら、龍斗さんは、西新宿の何処かにはいて、自分が迷ってるってことも、時間も忘れてるかも知れな………………──。……あ。もしかして、新宿中央公園……? 中央公園辺りだったら、龍斗さんなら何時間でも、ボーーっとしてそうな気が」
「あそこは、一等最初に見に行った。自然と『慣れ親しみ過ぎてる』からな、あいつは」
「入れ違いになったのかも知んねえじゃん。行ってみようぜ、シショー」
龍麻と京一の意見に従い、新宿中央公園まで出向いてみることにした。
西新宿の高層ビル群を直ぐそこに臨む、大都会のど真ん中の公園は、何時だろうと人の姿が消え去ることはないけれど、もうそろそろ午後九時になろうかと言う頃合いの今は、流石に人通りは少なく。
「えっと……。じゃあ、手分けして──」
人通りが少ないということは、それだけ物騒だということだが、この面子相手にそんな心配をするつもりなど更々ない龍麻は、一口に公園と言っても、な広さを誇る新宿中央公園内を、手分けして捜そう、と言い掛けた。
「────………………いやがった、あのボンクラ」
が、有らぬ方へ、ふい……っと首巡らせた途端、京梧は、酷く不機嫌そうな表情を拵えつつ、足動かし掛けた彼等を制して、ぶちぶちぶちぶち、口の中でのみ文句を零しながら、とっとと歩き始めた。
「え? 見付かった? 何処にだ? それらしい人は見当たらないが……」
「あ、氣で見付けはったんか? やけど……?」
「ああ。龍麻によく似た氣なんか、僕にも感じられないね」
「……京一、解る?」
「いーや、さっぱり。……ひーちゃんは?」
「俺も。ってことは、俺達じゃ氣も感じられないくらい、龍斗さんの居場所は未だ離れてるってことなのに、何で、京梧さんには解るんだろう? 俺達五人共が感じられないのに、京梧さんだけは、なんて、有り得ないと思うんだけどなあ……」
「さあな。専用レーダーでもあるんじゃねえの? ……って、あんまり洒落になんねえな、この冗談。マジで持ってそうだぜ、シショーの奴……」
龍麻達にはこれっぽっちも感じられない、が、京梧には感じられるらしい何かを目指し、躊躇うことなく広い公園内を彼は進み続けて、何で解るんだ、と若人達は、その背を見詰めつつ、従いつつ、ボソボソ言い合う。
そして、そんな風な一同が、所々に街灯の灯る歩道を辿ること、長らく。
公園北側のほぼ中央に当たる、区民の森、と呼ばれている一角の、最も樹木が林立している片隅の、その又隅に、ぽちょん……、と一人踞っている風情の男性を、彼等は見付けた。
「……龍斗っ! この馬鹿っ!」
樹の根や、植え込みや、下草に、その身を同化させんばかりに埋まっている彼──龍斗を目にするや否や、があっ! と京梧は吠える。
「京梧!」
だが、その瞬間まで、醍醐や壬生や劉が、「納得……」と思わず呟いたくらい、龍麻が彼等に説明した通りの、ボーーーーー……とした風情で、ボーーーーー……っと宙に視線を漂わせ、何故か、にこにこと一人笑み続けていた龍斗は、京梧に声高に呼ばれるや否や、パッと面全体を輝かせ、それまでとは又違った種類の笑みを浮かべると、いそいそと立ち上がった。
「だから俺が、あれ程言ってやったってのに、何だ、このザマは。直ぐそこの店に出掛けた程度で、こんな時間まで迷いやがるんなら、金輪際、てめぇだけで出掛けんじゃねぇっ」
「私とて、別に、迷いたくて迷った訳ではないし、迷おうと思って迷った訳でもないが?」
「……俺は、そういうことを言ってるんじゃねぇよ…………」
「迷ってしまったものは仕方無いではないか。それに、だからと言って、何処に行くにもお前を付き合わせてばかりいるようでは、私もお前も難儀する。今日はしくじってしまったが、次はきちんと遣いが出来るかも知れぬだろう?」
「だから…………」
「そもそもな。今日、私が迷子になってしまったのは、思い掛けぬことが遭ったからで──」
「──もう、いい……。お前、ちっと黙れ……」
ひょい、と立ち上がり、ひょい、と樹の根や植え込みを乗り越え、一直線に京梧の許へと駆け寄って来た龍斗は、眦吊り上げた京梧の風情を全くと言っていい程気に留めることなく、彼の小言を悉く退け、脱力させ、
「何故? まあ、お前が黙れと言うなら黙るが。……おや、龍麻に京一。もしかして、お前達も迷子になってしまった私を捜しに来てくれたのか? だとしたら、すまなかった。処で、後ろの三人は何者だ?」
迷子の仔猫が、己を捜しに来てくれた親猫に懐く風に、ぴっとり、京梧に寄り添う風に立った彼は、そこで漸く、龍麻達の存在に気付いて、ふん? と小首を傾げた。