何時までも脱力したままでいるのもどうかと思うし、自分や京一にとっては、こんな龍斗も何時ものことと、引き攣った笑みを浮かべるしかないその状況から一等最初に立ち直ってみせた、『こんな龍斗』の子孫な龍麻が、

「龍斗さんも見付かったことですし、夕飯でも食べに行きませんか?」

と、年長二人に言った為。

七名になった一行は、ぞろぞろ、新宿中央公園の直ぐ傍にあるファミリーレストランに傾れ込んだ。

席に案内されて直ぐ、見知らぬ青年三名を紹介された『本日の騒ぎの元凶』は、誠ににっこり、幸せそうに微笑んで、手間を掛けさせた詫びを告げてよりのち、ひたすら、そうかそうか、と、まるで好々爺の如くの様相を湛えたので。

「…………あんな、アニキ……?」

「……何? 弦月」

「その……、龍斗はんて、こう……何ちゅーか……、かなり、変わっとるお人……?」

「えーーー、あーーー……。変わってるって言うかー、何て言うかー……。現代社会の毒に未だ染まってないから、純真無垢過ぎるって言うかー……。限度越えて無邪気って言うかー……」

「ふ、ふーーん……。そ、そうなんや……」

「……タイショーは会ったことねえから何だけど、九龍、いるだろ? 宝探し屋の。あいつ曰くな、『メルヘンの世界の人』だそうだぜ、龍斗サンは」

「メルヘン……。メルヘン…………?」

「悩むな、壬生。確かに、龍麻の親戚ではある、と思っておけば……」

「…………醍醐。確かに俺の親戚って、それ、どういう意味……?」

自分達の方を見詰めながら、こしょこしょっと小声で、しかも、やたらめったら幸せそうに、京梧の着物の袖引きつつ何やら訴えている、己が今夜の騒ぎの元凶だという自覚の一つもないらしい龍斗の様を、こっそり盗み見つつ、恐る恐る、劉は、先程とは違う意味で『元凶』のことを問い出して、それに龍麻が、ハハハハハ……、と誠に乾いた笑みを零しながら答えたのを切っ掛けに、青年五人は、暫し頭を抱え、潜められた声でのやり取りを交わした。

「で? 龍斗。お前、何で、中央公園のど真ん中であんなことしてやがったんだ?」

「あんなこと、と言われても困るが……。──私達の部屋から例の店に行くには、どうしても曲がらなくてはならぬ角の家の庭に、空木があるだろう? あれの花が、今、丁度盛りだから、あれを目当てにすればいいと思っていたのだが、薮蛇になってしまったと言うか……。話し掛けてくるから、挨拶代わりに応えていたら、向こうの通りの空木も見に行ってやって欲しい、と言われて、言われるまま行ってみたら、今度は、もう少し向こうの桐の樹が、と言われて。そんなこんなをしていたら、何時の間にかあの公園に辿り着いてしまった……のだと思う。恐らく」

一方、『元凶』とその保護者は、青年達の生温い視線を余裕で弾き返し、今日の出来事を振り返り始める。

「はああ? ……お前なー……。確かに、毎度のことだけどよ……」

「だから、そう言われても。──私自身には、あそこに踏み込んだ覚えはなかったのだ。随分、緑の多い所に出たな、と思った程度で。但、あの場所の『皆』に、少し話していかないか、と誘われたから」

「そこが何処なのかも、何時なのかも判ってなかったってのに、てめぇが迷子だってことも忘れて、延々話し込んでたってか」

「そういうことになるな」

「………………ああ。毎度のことだがな。何処まーーーーー……でも、毎度のことだがな……。せめて、例の電話で報せくらい──

──それが……」

「ん? どうした?」

「途中で一度、もしかして、私は迷子になっているのかも知れない、と思いはして、だから、お前に報せを入れようとしたのだ。だが、あれは、うんともすんとも言わなかった。……壊れてしまったのだろうか」

「幾ら何でも、そんな筈はねぇだろ。半月前に手に入れたばっかりなんだ。……どれ、見せてみな。────………………おい……。単に、電源が入ってねぇだけじゃねぇか……」

「電源?」

「お前なーーーっ! 龍麻や馬鹿弟子に、さんっざん聞かされたろうっ。ここを押してこうしなきゃ、こんな物、只の塊でしかねぇってっ! そりゃな、俺だってこの手の物には全く馴染みがねぇが、少なくともお前よりは真っ当に使えるっ!」

──ひたすら、青年達が生温い眼差しを注ぐ中、京梧と龍斗はそんな会話を続けて、やがて、使い物にならなかった、と言いつつ龍斗が引き摺り出した携帯を手に取った京梧が、目一杯脱力しながら怒鳴り始めた。

「……龍麻。京一」

「…………何だよ、タイショー」

「龍斗さんは、空木の花が咲いている家の庭で、『誰』に、話し掛けられたと言っているんだ……? 向こうの空木の花も見てやってくれ、と龍斗さんに言ったのは、『誰』なんだ……?」

「えーーーと。……その家の人じゃない、かなー。庭仕事してた誰かが龍斗さんに話し掛けて、近所の花の話にでもなったんじゃ? た、ぶん……」

「花を見に行った先々全てで、その家の人に捕まって、挙げ句、新宿中央公園に迷い込んだ、ってことかい? それは、幾ら何でも……」

「……壬生はん。多分、突っ込まん方がええんよ。わい、そんな気がするし」

「そ、そうそう。うん、気にしない方がいいと思うな、俺も。龍斗さん、一寸言い回しが独特な人だから。うん!」

「ま、年寄りは放っといて、飯食おうぜ、飯」

そのやり取りを耳で拾い、醍醐や壬生は酷く不思議そうな顔付きになったが、劉は、何となく考えたくない、と疑問を放棄し、龍麻と京一は、曖昧なフォローを入れつつ食事へと逃げて。

「ちったあ、己の質を肝に銘じて出掛けやがれ……。……それはそうと、龍斗。お前、何を買いに行こうとしたんだ?」

「蕎麦粉だ」

「蕎麦粉?」

「ああ。昨日、『てれび』? で、蕎麦の打ち方を見たのだ。それで、お前の好物の蕎麦を、私自身で打てるようになれたら、と思って、やってみようかと」

「……だってなら、そうと言やぁ良かっただろうがよ。…………ありがとな」

「いや。単に私が、お前の為にそうしたかっただけだから」

うるさい年長者達から目を逸らし、ウェイトレスが運んで来た注文の品に青年達が意識を傾け始めれば、小言と反論の応酬を終えたらしい二人は、何時しか、何処となーーー……く、甘いような雰囲気を漂わせ始め、各々、箸だのフォークだのを掴んだまま、チラ……、と京梧と龍斗に視線を走らせた醍醐と壬生と劉は、えーーーっと、と呟きつつ、何とかこの状況を穏便に理解してみる為の努力に没頭し、京一と龍麻は、しらぁ……っと、一層、眼前の先祖達から視線を逸らした。

「……あんな、アニキ。京はん」

「…………何」

「……何だよ」

「もしかして、アニキと京はんが新宿離れん理由て、『あれ』か? 『あれ』、放っとけんから?」

「そ、そんなことはないよっ。う、うん、そんなことないって。ねえ? 京一?」

「ああ。幾ら何でも、んなことある訳ねえ。なあ、ひーちゃん?」

「………………大変だな、龍麻も京一も」

「……ま、頑張りなよ」

「励みや……」

でも。

自分達の周囲を取り巻く気配が、一言で言えば、どうしようもなくビミョー、になったのも無視し、京梧と龍斗は、半ば自分達だけの世界を、天晴、と言いたくなるくらい展開し続け、劉も壬生も醍醐も、恐らくは『この所為』で新宿に足止めを食っているのだろう龍麻と京一に、心底同情した。