そのつもりなどなくとも、どうにも関係を『邪推』せざるを得ない、京一の剣の師匠であると言う彼と、龍麻のはとこであると言う彼に、青年達が盛大なとばっちりを食らった数日後。
壬生は、己が母校である拳武館高校の、館長室にいた。
卒業して六年が経った今も尚、館長である鳴瀧冬吾は、何かにつけて気に掛けてくれる、壬生にとっては親代わりのような人物なので、彼が鳴滝の許を訪れることは、ままある話で。
その日も、以前からの予定通り母校を訪れた彼は、その、親代わりである人との歓談中、何の気無しに、先日の傍迷惑な騒動のことを口にした。
「龍麻の、はとこ?」
「ええ。彼に、はとこがいるなんて、僕も初耳でしたけれど。四月の始め頃、上京して来たそうですよ。緋勇龍斗と言って、彼の父親の従兄弟の子だとか。今は、神夷さんと一緒に暮らしてるそうです」
「……神夷と? その、緋勇龍斗、と言う彼が?」
「……? はい。龍麻も京一も、神夷さんも龍斗さんも、そう言ってましたけれど? それが、どうかしましたか?」
龍麻の古武道の師でもあり、神夷とも親しい鳴滝に、彼等の一寸した近況報告を、とのつもりで、壬生はその話を出したのだが、何故か、話を聞き終えるや否や、鳴滝が酷く困惑しているような顔付きになったので、勢い、彼の首は傾いだ。
「いや、どうかした、と言う訳では。あの神夷が、誰かと同居出来るようになるとは、と思っただけのことだ。……皆、変わりないようだな。良かった」
けれど鳴滝は、訝し気になった壬生を、フッと笑んでみせることで誤摩化した。
同じ日。
そろそろ、又仕事が忙しくなる、と今後の己の予定を鑑みた醍醐は、最近は顔を出すこと叶っていない、生涯の師である、高名な易者の新井龍山の庵を訪れていた。
折に触れ手紙などは出しているものの、この一、二年は中々、西新宿の片隅に広がる広大な竹林の中の彼の庵を訪れられなくて、だから、たまには、と言った程度の、些細な動機にて、日本酒片手に。
事前に連絡は入れなかったが、それなりには忙しいらしい、が、その日は外出していなかった龍山は、訪れた醍醐を嬉しそうに迎え、暫し、囲炉裏を挟んで話に興じて後。
「…………ん? 龍麻の?」
話の種に、と先日の騒動の顛末と、傍迷惑な年上二人のことを醍醐が告げた途端、龍山は、白く長い顎髭に触れつつ、考え込むような態度を取った。
「先生? どうかされましたか?」
「いや、龍麻のはとこがな、と思っての。その者と、あの神夷が、とも」
「ああ、そうですか」
「そうじゃ。それだけのことじゃよ」
だが。
拳武館高校の館長室で、鳴滝が壬生を誤摩化したように。
龍山も、少し驚いただけだ、と微笑みと共に醍醐の訝しみを流した。
新宿中央公園の片隅で、ひよこ占いの露店を出している劉は、かなり頻繁に、未だに同じ新宿中央公園を塒としている、破壊僧の楢崎道心と会っている。
彼にとって、龍麻が『アニキ』であるように、道心は『じーちゃん』なので。
故に、占いの客入りが殊の外悪かったその日、劉は、道心が自身の為に公園内に築いた結界に侵入して、道心相手に油を売っていた。
「ふーーーん……。あの剣術馬鹿が、龍麻のはとこと、な」
「そうやねん。未だ、知り合うて二ヶ月くらいらしいんやけどな。やったら親し気でなー」
「はとこ、か……。緋勇龍麻のはとこ……」
「……? 何や? 龍斗はんが、どうかしたんか?」
「いや、そういうんじゃねえよ」
只、油を売ってもと、先日の出来事を面白可笑しく語り、例の二人のことも劉が告げれば、道心はやけに、しみじみ、とした声を出したので、劉は、何か? と問うたが。
お前が気にすることじゃない、と道心は、彼の問いを去
奇しくも同じ日、それぞれの『弟子』から、龍麻や京一や、京一の剣の師匠や龍麻のはとこの話や近況を聞かされた、鳴滝、龍山、道心の三人は。
訪問者が帰って行った直後より、各々、深く考え込み始めた。
──鳴滝は、龍麻の父、緋勇弦麻の親友であり、龍麻の古武道の師匠であり、龍麻を真神学園高校に転校させた本人で。
龍山と道心は、中国福建省の封龍の里にて、弦麻や京梧と共に柳生と戦った戦友であり、六年前、龍麻達が柳生との真の決着を付けたあの出来事の際にも、龍麻や京一達と関わっている。
更に言うなら、龍山は、実の両親を失ってしまった、当時は未だ赤ん坊だった龍麻を連れ、封龍の里より日本へと戻り、弦麻の弟夫婦に彼を託した当人でもあるから。
彼等は皆、弦麻兄弟に従兄弟など存在していない──即ち、龍麻の父方のはとこなる人物が、この世にいる筈が無いことを知っていた。
だが、龍麻も、龍麻の相棒である京一も、二十数年前からの『仲間』である『神夷京士浪』も、口を揃えて、緋勇龍斗なる人物は、龍麻のはとこだ、と証言している。
剰
………………その、事実は。
三人を、酷く悩ませた。
京一や『神夷京士浪』が、龍麻の不利益になることや、彼自身や、彼の中に眠る黄龍に関わるような危機を招くことなど絶対に犯す筈無い、それは断言出来るし、『緋勇龍麻のはとこ』など、存在する筈無いのを最も解っている龍麻自身が、それでも、「緋勇龍斗は、自分のはとこだ」と言い切っているのだから、放っておいても問題無いのだろう、とは思えるのだが……、この事態は余り尋常とは言えない、そんな考えが、彼等三人の脳裏からは離れてくれず。
緋勇龍麻──即ち、彼の中に眠る黄龍や、その『力』にも関わることだったら放置は出来ない、少なくとも、緋勇龍斗が本当は何者なのか、それくらいは把握しておいた方がいいのかも知れない。
……そんな風に、彼等は一様に考えた。