胸の中のみで運命の男の名を叫びつつ、半泣きになった龍斗が、新宿駅付近を大疾走していた頃。
これまでの五ヶ月間も度々結成されてきた、ひょんなことから彼等と縁を持った某若き宝探し屋に曰く『メルヘンの世界の人』で、迷子常習犯な『龍斗捜索部隊』の三人は、西新宿を散々っぱら彷徨いつつも、何とか、新宿駅付近まで辿り着いていた。
「っとに……。何処まで行きやがった、あの馬鹿……」
「この分だと、龍斗サン、駅の向こう側まで行っちまったかもしんねえぜ?」
「うーーーん。だとしたら、捜すの大変だなあ……」
西新宿の中で、龍斗がいそうな所を片っ端から捜しまくって、心当たりも虱潰しに当たって、でも、何処にも龍斗はおらず、うんうん唸りながら歩き続けた三名は、甲州街道の西新宿一丁目の交差点を左に折れて、新宿駅西口方面へと向かった。
「……あー、そっか、今日、日曜か。人出、凄ぇな」
「だね。……ねえ、京一。もしも、龍斗さんがここまで来ちゃってたとしても、この人出見たら、引き返さないかなあ。こんな中に龍斗さんが突っ込んでくなんて、俺には思えないんだけど」
「確かに。龍斗サン、こーゆートコは苦手だろうしな。でも…………。……シショー、探知レーダー、働かねえのかよ?」
「探知れーだぁ? 何だ、そりゃ?」
「だーかーらー。龍斗サンの氣とか、拾えねえ?」
「……あのなあ、馬鹿弟子。幾ら相手があいつだろうと、俺だって、何処行っちまったか判らねえ奴の氣の残骸なんざ、早々は拾えねえぞ? 簡単にそんなことが出来りゃ、馬鹿弟子の手なんざ誰が借りるか」
「くっ……。あいっかわらず、腹の立つ言い種しやがるジジイだな……」
「京一。京梧さんも。目立つから、その言い合い、止める」
本当に、何処に行ってしまったのだろう、と言い合いながら、ヒョイッと曲がってみたその角の、新宿駅西口へと続く通りは、あちらこちらが人で埋め尽くされていて、おっとりが過ぎる質の龍斗でも、敢えてここに突っ込むような暴挙には出ないだろう、と捜索部隊の足取りは少しばかり弛み、師弟コンビは、相変わらずのぎゃんぎゃんとした言い合いを繰り広げながら、龍麻はそんな馬鹿師弟コンビを諌めながら、ここから、何方の方角目指して進もうか、と話し合いつつ、西口前へと足を進め。
「………………ん?」
西口地上の、タクシー乗り場前を通りすがった時、おや、と京梧が足を留めた。
「京梧さん、どうかしました?」
「早く歩けよ、シショー」
「焦らせんじゃねえよ、馬鹿弟子。──あいつ、ここに来てるな」
ふ、と立ち止まってしまった彼を、龍麻は振り返り、京一は急かしたが、手にしていた得物入りの刀袋を掴み直しつつ、京梧は、きょろっと辺りを見回した。
「お。やっと、レーダーが働いたじゃねえか、シショー」
「だから、その、れーだぁってのは何だってんだ。うるせぇな。…………よっぽど切羽詰まったんだろ。結構強く、あいつの氣の残りが漂ってる」
「へぇ……。そういうことがあると、レーダー働く……じゃなくって、色々判るんですか?」
『残り香』があるから、ここを通ったのは確実、と言い切る京梧に、やっと手掛かりが掴めた! と京一が思わず喜べば、そんな馬鹿弟子にブチブチ零しつつの京梧の説明は続いて、龍麻は、そういうもの……? と、少しばかり不思議そうな顔付きになった。
「まあな。何かで切羽詰まりゃ、どんな奴だって氣の一つや二つは零すし、それが龍斗となりゃ、人並み外れた氣の迸りになるから、残骸もかなりなモンだし、それに」
「…………それに?」
「迷子になって困り果ててる最中に、こんな所に迷い込んじまった龍斗が、俺を呼ばねえ訳がねえだろ? あいつの、俺を呼ぶ声が残ってるのに、俺に感じられねえ訳もねえ」
……そんな龍麻に、京梧は。
ニヤッと笑みつつ、きっぱり言い切って。
「あー……。あっち、だな」
もう一度、きょろっと辺りを見回してから、何かを目指して歩き出した。
「………………惚気?」
「惚気、だな」
「京梧さんの惚気聞く為に、俺達、こうしてる訳じゃないよねえ……?」
「迷子になっちまった龍斗サン捜す為にこうしてる……んだと思ったな。確か」
「……ま、何時ものことだけどね」
「馬鹿馬鹿しいから、考えんの止めようぜ、ひーちゃん。呆れるのも疲れてきた」
「確かに…………」
「大体よー、何で、龍斗サンが迷子になる度、俺等、二人に当てられる羽目になるんだ?」
「京梧さんと龍斗さんが、そりゃーもー、眩暈起こしそうなくらい、ら・ぶ・ら・ぶ、だから。…………我が先祖ながら……」
そろそろ捕まえられそうだ、との気配を背中に滲ませて、良く言えば威風堂々、新宿駅前の雑踏を、龍斗を追うべく歩いて行く京梧の後ろ姿に、京一と龍麻は、哀愁に満ち満ちた眼差しを注ぎ。
はあ……、と溜息付き付き、お供のように従った。
────いい加減、話は冒頭に戻る。
そういう成り行きで、新宿通りの片隅の、自動販売機の影にて一人立ち尽くしていた龍斗は、心の疲れを覚えてしまって、へっちょり、その場にしゃがみ込んだ。
その姿は、「京梧は、どうして私を迎えに来てくれぬのだろう……」と、己の迷子癖を棚に上げ、しょげ返っている子供の如くでもあり、「捜し出してくれたっていいのに……」と、八つ当たりをかましている我が儘坊主の如くでもあった。
本当に、掛け値なし、年がら年中、何処だろうと何があろうと、ボーーーーーーーーーーーーー……っとしている彼だけれど、見て呉れは一応、三十代前半、という年相応なものだから、いい歳をした大人が、こんな所にしゃがみ込んで何をやっているんだ……? と、膝抱えて地べたに座り込んでしまった彼の目の前を行く通行人達は、決して目線を合わせてはいけない人物がそこにいる、とばかりに、大きなカーブを描いて彼の周囲を避けて行き。
只でさえ、自分がこの先どうしたらいいのか判らぬ所為で落ち込み掛けていた彼は、そんな眼前の光景に、「ああ、何故だか人々が、私を激しく避けて行く……」と、自身の今も振り返らず、一寸したショックまで受けて、益々へこみ、ふぇぇぇぇぇ……、と泣き出しちゃいたい心境に陥った。
……実際、ちょっぴり涙目だったのかも知れない。
年甲斐もなく。
────でも。
龍斗は、迷子になることには慣れていた。
否、慣れ過ぎていた。
幕末という、今は遠い時代を生きていた頃も、このようなことは一度ならずあった。
……だもんだから。
元々、愛の為に自力で刻まで駆けちゃうようなガッツのあり過ぎる彼は、持ち前の、溢れる気合いと根性を叩き起こし、「このままではいけない。何とかしなくては。京梧が帰って来るのは夕方の筈!」と、握り拳固めながら立ち上がり、どうにかして、住まいのある西新宿へ戻ってみようと、一歩、踏み出した。
……迷子に慣れ過ぎている彼だけれど、迷子になったら動いてはいけない、という鉄則は、傍迷惑この上無いことに、一滴たりとも身に沁みていなかった。