京一と龍麻の二人にとって、かつての天龍院高校は、そしてその跡地は、己達の母校である真神学園高校と対の存在であり、対たる所以の『龍命の塔』の片割れが隠された場所であり、柳生崇高が、黄龍の力を我が手にすべく『陰の器』を創り上げた場所であり。
九龍にとっては、『陰の器』に出来るかも知れぬと目されたらしい、今はもう九龍自身も何一つ憶えていない『かつての己』が、『かつての己』の記憶を失くしたらしい場所であり、死に掛けたらしい場所でもあり。
甲太郎にとっては、未来や人生をも分け合った九龍の、『忌まわしい想い出』が眠る場所であるから。
京梧と龍斗から指定された『行き先』を知ってより暫くの間は、皆、口が重かった。
天龍院高校、そしてその跡地が、己以外の誰にとって、どんな場所に当たるのかをも弁えているから、尚更。
けれど、目の前に巨大な岩が転がっていても気付かぬくらいに前向きな質をしている九龍や、『思考よりも行動の人』である京一が、何時までも沈黙を保っていられる筈も無く。
龍麻も、基本的には京一と同じノリを見せる口だし、甲太郎も、日々培い続けている、最近は半ば脊髄反射な九龍の馬鹿への突っ込みを抑え込むこと出来ぬので。
やがて、彼等が占めた車内の席は賑やかになって、その内、会えずにいた一年と少しの間の積もる話が止まらなくなり、成田を発って約一時間後、電車が新宿駅のホームに滑り込む頃には、誰もが、何時もの調子を取り戻していた。
四人共に、多少、内心は複雑なままだったけれど。
だが、何時までもウダウダと考えていても仕方が無いし、少なくとも京一や九龍は過去に囚われるようなタイプではないので、明るい雰囲気のまま電車を降りた彼等は、尽きぬ話を炸裂させつつ、徒歩で、西新宿へ向かった。
────都庁と、彼等には馴染み過ぎる新宿中央公園を越え、新井龍山の庵がある竹林の方角目指して歩いて行き、そろそろ、西新宿の外れに着くか? と言う頃、かつて、天龍院高校の校舎が建っていた場所は見えてくる。
それよりも遥か以前──幕末から明治初期に掛けては、鬼哭村があった場所が。
そしてそこは、成田エキスプレスに乗り込む直前、京一が言っていたように、校舎は既に取り壊され、更地になっている──筈だったのだが。
「あ、れ……?」
「あ?」
「おおお?」
「これは……?」
風景が一変してしまっていたその辺りの、辿り着いたそこに建っていた物を見遣って、龍麻も京一も九龍も甲太郎も、揃って裏返ったような声を出し、目を丸くした。
────京一や龍麻が、東京の『様々な事情』に詳しい仲間達に聞かされた話が正しければ、天龍院高校は、一九九九年に廃校となった後、二年程放置され、その後、東京都によって取り壊され、以降、更地のまま、やはり放置された筈なのだけれども。
副都心のど真ん中に広大な土地を遊ばせておくのは、人口過密都市・東京では勿体無い処の話ではないので、何処かの業者か何かに払い下げられたとしても不思議ではないから、更地だった頃より更に数年が経過した現在、辺りの景色も環境も激変し、かつては校庭や校舎があった辺りに、幾つかの区画に細かく分譲されたのだろう小さな住宅が建ち並んでいたのは、彼等にも理解出来た。
分譲なのか賃貸なのか、そこまでは判らないが、ひょろ長い、十数階建てのマンションが建てられていたのも、何ら不思議には思わなかった。
だから、京一と龍麻は兎も角、九龍と甲太郎は、その近辺を訪れるのは初めてと言うのもあって、古びた高校の古びた校舎がひっそりと佇んでいるのが当たり前だった光景が、小さな、真新しい住宅街に変わっていたことにではなく、出来たばかりの家々に紛れるように建っていた『それ』に、彼等は露な驚きを向けた。
「何で、こんなトコに道場なんか」
「武道場……だよねえ、間違いなく」
「ですな。正しく」
「それ以外の何物でもないな」
…………そう、彼等を驚かせたのは、然して大きくもないが、それ程小さくもない道場だった。
四人が立っている、歩道のある二車線の道路より続く、植えられたばかりなのだろう数本の細い樹や躑躅らしい植え込みが点在する、中型程度の車なら、縦列すれば二、三台は停められるだろう細長い接道の突き当たりに建っている、時代劇に登場するような、道場然とした道場。
接道の先にあるが故に、奥行きがどれだけあるのかは判らなかったが、周りの住宅同様、建てられてより幾許も経っていないのが一目で判る、けれど、何故か古めかしい印象を与えてくるそれは、外から見遣る限り二階建てで、一階部分が武道場、二階部分が住居、とされている風に見えた。
「………………京梧さんと龍斗さんが引っ越した先って、ここ……?」
「なんじゃないですかね……。京一さんに、来れば一目で判るーって、京梧さん、言ったんですよね? だってなら、ここなんじゃ……」
「ここに向かえと言われたからって、必ずしも引っ越し先とは限らないが……、まあ、この上もなく、あの二人を想像させる建物ではあるな」
「確かにな。馬鹿シショーと龍斗サンにゃ、相応しいトコかもだけど……、でも、だとしたら、何がどうしてどうなれば、シショー達がこんなトコ住む成り行きになるんだ……?」
そんな建物を、あんぐり……、と眺めつつ、ああだこうだと言い合いながら、何時までも、彼等が歩道に突っ立っていたら。
「おい、餓鬼共。何やってんだ、んな所で。何時までも突っ立ってねぇで、とっとと来い」
「ああ、皆、帰って来たのだな。もうそろそろ着いても良い頃合いだと思って待っていたのに、何時まで経ってもやって来ぬから、どうしたのかと思ったではないか」
少々の距離など物ともせずに、気配か氣を感じ取ったのだろう、がらりと道場の格子戸が開いて、中から京梧と龍斗が出て来た。
「判らなかった訳じゃあるめぇ? この建物だ、馬鹿弟子に言った通り、一目で当たりは付くだろうからな。なあ、ひーちゃ……じゃなかった、龍斗?」
「ああ。京梧の言う通りだ。看板も掛かっているしな」
龍斗は以前と殆ど変わらぬ見た目だったが、京梧は、いい加減に切り揃えただけだったザンバラ髪を、何を思ってか伸ばし始めているらしく、組紐で結える程度には伸びた髪の長さの分だけ、約一年一ヶ月前とは趣きを違えていて、揃って、素足に下駄を突っ掛けた、稽古着に武道袴、と言う姿で、接道の中央を辿るように点々と置かれている敷石を辿ってやって来た、そんな風情の二人は、若人達を軽く非難する風に捲し立て、
「あ、お久し振りでーす、京梧さんに龍斗さん!」
「京一さん達以上に相変わらずだな、あんた達は」
先ずは挨拶から、と片手をシュビッと上げた九龍と、九龍に釣られ、年長二人に意識を向けた甲太郎の横で。
「は? 看板……?」
「看板って、何の!?」
一瞬、目を点にした龍麻と京一は、ダッと、先祖達を押し退けるように道場の玄関へと駆け寄った。
「ホントだ……。法神流剣術道場、って書いてある……。徒手空拳の方の看板も……」
「おいっ! 馬鹿シショーっ! どういうことなんだよ、判るように説明しやがれ!」
四枚使いの格子戸の脇に掛かる厚い木板の看板二枚に、誰が綴ったのやら、かなりの達筆で己達の流派が書き込まれているのを見て、共にポカリと口を開けてから、龍麻は呆然とし、京一は京梧達に食って掛かり始めたが。
「一々うるせぇな、馬鹿弟子。訳は話さねぇなんて、一言も言ってねぇだろうが」
「兎に角、上がらぬか? 皆、長旅だったのだろう? 何はともあれ、茶でも」
嫌味ったらしく且つわざとらしく、京梧は片耳を塞ぐ仕草をしながら京一を睨