年長組に急かされるようにしつつ、年中組と年少組の四人が足踏み入れた武道場は、剣道の試合場が一面分は優にある広さがあり、片隅には、小さそうではあったが、更衣室のような場所や、トイレや洗面台等の水回りもあって、多分でしかないが、接道まで全て含めれば、敷地の総面積は七十坪程度にはなるようだった。
道場の奥には、小振りながら神殿も設えられており、床は赤松の無垢材で、稽古中に足裏や腱を痛めることないように武道場専門の職人が拵えたのだろうと察せられる、誠にきちんとした造りだったが……、故に、若人四名は、益々、首を捻らざるを得なくなった。
ここは一体、何なのだろう? と。
中程度の道場だけれども、今日日の道場としては立派過ぎるここに、何故、法神流剣術の看板や、陽の古武道の看板が掛かっていて、京梧と龍斗は、ここの住人の如く振る舞うのだろう? と。
縦しんば、真神の旧校舎で『荒稼ぎ』、と言うような真似をしたとしても、あそこは無闇に荒らされるのを嫌う犬神杜人が護人をしているから、『荒稼ぎ』にも自ず限界はある筈で、顔を合わせなかった約一年の間に、こんな──しかも新築の──道場を借りられる程、彼等の懐具合が豊かになるとは思えぬし、そもそも、それこそ今日日、西新宿の片隅に武道場が設立されるのも、設立したのに借り手を求めるなど言うことも、有り得ないだろうに……、とも。
しかし、首を傾げ続ける彼等を他所に、京梧と龍斗は道場を突き抜け、その裏の階段を昇り、二階部分へと彼等を急き立てた。
煽られつつ足踏み込んだ二階は、思った通り住居になっており、何処も彼処も純和風で、入れ、と年長二人に言われた、大刀を振るっても支障がないだろう幅と高さを持っていた板張りの廊下の途中にあった十畳程の茶の間も、畳敷きだった。
「……………………あの……」
──通された、一体何処からこんな骨董品を探して来たんだ、と問い詰めたくなるくらいアンティークの塊な茶の間にて、促されるまま、ちんまり座布団に座りはしたものの、暫くの間、若人の誰もが、落ち着かぬ風に辺りを見回すしか出来なかったが。
既に卓袱台に支度されていた茶を龍斗が淹れ終えたのを切っ掛けに、恐る恐る、龍麻が口を開いた。
「何だ?」
「その……、何から訊いたらいいのか、俺にも判らなくなっちゃってるんですけど、結局、何がどうしてどうなったんですか? 俺達が呼び戻されたのは何でなんです?」
「それを、今から話すと言っているのだ。急かずとも良かろうに」
混乱したまま、何とか彼んとか質問を纏めた龍麻に応えたのは龍斗で、両手で己が為の湯飲みを取り上げつつ、せっかちな、と彼は苦笑する。
「別に、急かしてる訳じゃなくてですね……」
だが、龍麻の言い分は、「俺達がせっかちなんじゃなくて、龍斗さん達がのんびりし過ぎてるんです」で、毎度毎度のことだけど、本当に家の先祖は…………、と彼は項垂れ、
「以前の所から、ここへ、越して来たのだ」
何故、己が子孫は、そんなに疲れた様子を見せるのだろう? と不思議に思いつつ、龍斗は、ひたすらに、のほほん……、とした口調で話し出した。
「龍斗さん……。……お二人が引っ越したって言うのは、さっき、京一から聞きました。だから、俺達が訊きたいのは、そういうことじゃなくてですね…………。……お願いですから、判って下さい、ご先祖……っ!」
「そういうことではない、とは? どうして、私達がここに引っ越したのかの訳を知りたいのだろう?」
「………………ですから……。……いえ、もういいです……。続き、話して下さい…………」
「……流石ですな、龍斗さん。流石、『メルヘンの世界の人』……」
「もう少し、テキパキと話を進めて貰えたら有り難いんだがな……」
そんな風に、のんびりのほほん話を進める龍斗の調子にヤられ、龍麻は疲れ果て。
黙って龍麻と龍斗の二人を見詰めていた、九龍と甲太郎も疲れ果て。
「シショー。このまんまじゃ、何時まで経っても埒明かねえぞー? つーか、話終わる前に、俺等が倒れんぞー?」
「…………それもそうだな」
このまま、事情の説明役を龍斗に任せるのは無謀過ぎる、と踏んだ京一は、チロリ、京梧へ視線を送り、それに関しては、馬鹿弟子の言う通りだと思ったらしい京梧が、以降、話を引き継いだ。
と言っても、所々で、場の空気が全く読めない龍斗が様々口を挟んだので、話は、必要以上に長引いたが。
未だ、龍麻や京一が、あれこれ、『現代初心者』な先祖達の世話を焼いていた去年──二〇〇五年の夏頃。
京梧は、鳴滝からの仕事の依頼を引き受けるようになった。
その内には、龍斗も。
引き受ける、と言うよりは、無理矢理に仕事を作らせる、と言った方が正しいそれだったが、兎に角、京梧と龍斗が、出所は『あの彼』の依頼を受けて働くようになったのは事実で、そのことは、当人達から聞かされていたので、若人達全員、既知の話だったが。
京梧と龍斗の二人は、一つだけ、鳴滝から持ち込まれた『話』を若人達には黙っていた。
その『話』は、若人達に作ってしまった──と、少なくとも二人は思っている──借りを、熨斗付けて返せる機会を得られるかも知れない『話』だったから。
────二〇〇五年の初夏、数年振りに再会したかつての戦友に、誠、尊大な口調で「働き口を世話しろ」と乞われたのを律儀に覚えていた鳴滝は、二〇〇五年の盛夏の頃、本当に、京梧と龍斗に連絡を付けてきた。
頼まれた通り、働き口を世話してやる、と。
更にはその時、彼は、二人に『話』を持ち掛けた。
『各方面』に『色々』働き掛け、当初の都の予定では、校舎をそのまま再利用し、区民センターの一つにすることになっていた廃校後の天龍院高校・校舎を取り壊して更地にさせたのも、不動産業者に払い下げるように話を付けたのも、実は『拳武館』で、既に買い取ってあるその一画に、拳武館所有の施設を建築する予定にしているから、それが完成したら管理人をやらないか、と。
……何故、鳴滝が、わざわざ手間と資金を掛けてまでそんなことを計画したかと言えば、偏に、天龍院の跡地・地下に眠る『龍命の塔』の片割れを護る為で、京梧と龍斗に『守護』の役目を持ち掛けたのは、彼等に任せるのが一番妥当かも知れない、と踏んだからだった。
本当の素性も正体も、一切合切謎ではあるが、京梧の『力』を疑う理由など鳴滝には何一つもなかったし、やはり素性も正体も一切合切謎だが、一応、緋勇龍麻──今生の『黄龍の器』のはとこ、と言う触れ込みの、はとこ同様黄龍絡みの『力』を持っている龍斗は、京梧以上に適任かも知れない、と。
その話を持ち掛けられた時、京梧も龍斗も、咄嗟に、黄龍絡みの『力』を持っている処か、『龍脈に限りなく近い存在』疑惑すらある、精霊の『皆』とも『相思相愛』な者が、『龍命の塔』の片割れもが眠る、果ては霊峰・富士まで続く龍脈を流す龍穴を守護すると言うのは、正味の話、どうなんだ……? と考えはしたが。
それを正面切って口にする程、彼等も馬鹿正直ではなく、又、やはり咄嗟に、この話が上手く運べば、子孫達に倍返しで借りを返せるかも知れない、と世知辛い計算を腹の中でした彼等は、結果、『多少』悩みはしたものの、その話を引き受けることにした。
どうしたって、「正味の話、どうなんだ……?」との思いは彼等の中より消えなかったけれど、何がどうなろうとも、龍斗には、あの場所を余裕綽々で封印出来ることを京梧はよく知っていたし、龍斗自身にもその自負はあったし、或る意味、龍麻や龍斗程、ああいう場所の守護に向いている者などこの世にはいないので、誠にお気楽に。
そうして、更に彼等は、どうせ何かを建てるなら武道場にしないか、とか、新しい道場を開いてくれるなら、その『話』を引き受けてもいい、とか、序でに法神流剣術の看板や徒手空拳の看板を掛けさせてくれるなら、諸手を上げて引き受ける、とか、鳴滝のこめかみに青筋が浮かびそうになったくらいの我が儘な条件を付け────もとい、『粘り腰の交渉』をして、鳴滝の首を縦に振らせることにも成功した。
尤も、それには、顔引き攣らせつつの鳴滝が出した、「そちらの本気で我が儘な要求を飲んで、拳武館道場の支部の一つと言う名目で道場を建ててやるから、その代わり、うちの生徒の面倒も見ろ」との交換条件が付いていたが、その程度の交換条件など、彼等には二つ返事で受け入れられるもので。
────そんな『話』が水面下で纏まったとは露程も知らぬ子孫達を、素知らぬ顔して修行の旅に送り出し、その直後から始まった道場の建築が終わって、己達の引っ越しも終わって、鳴滝との約束通り、通って来るようになった拳武館の生徒達の指導にも慣れ始めて、色々が落ち着いた、二〇〇六年十一月初旬の終わり。
即ち『その日』に、話と成り行きは繋がり。