「…………で? ここが何なのか、何でシショー達がここに引っ越したのか、それは判ったけどよ。俺達呼び戻した理由は何だよ。そこが未だ判んねえぞ?」
主には京梧が語ったけれど、随所で龍斗が嘴を突っ込み、故に時折話が脱線してしまった所為で必要以上に長かった、『おニューな道場の成り立ち』に関する説明が終わって直ぐ。
すっかり空になってしまった湯飲み茶碗の縁を苛々と爪先で弾きつつ、京一が、京梧へジト目を向けた。
「当たり前だ。未だ話してもねぇことが判る訳ねぇだろうが、馬鹿弟子。第一、俺は、話が終わった、なんて言った覚えはねぇな」
「……っのヤロー…………。呼び付けといて、その態度か……?」
「まあまあ、京一さん。エキサイトしても仕方無いですって。今は、話進めましょー。──ホントに、何でなんです? ってーか、そもそも、お二人は、どーやって俺達に連絡付けたんですか?」
ブチブチ言う彼を、京梧もジト目で見返してブチブチをも返した為、恒例・師弟喧嘩が始まり掛けたが、未だ説明の全部は終わっていないと、師弟喧嘩を制した九龍は、菓子鉢の中の煎餅を取り上げながら、年長組を見比べる。
「あ? んなん、鳴滝の奴に調べさせたに決まってんだろうが。馬鹿弟子達は兎も角、お前と甲太郎は何処にいやがるか判らなかったから、鳴滝に頼んで、あいつの弟子が勤めてる、何とかってトコ経由で、ちょいちょい、と」
「あーーー……。M+M機関ですかー……。あそこですかー……。ネタ元、壬生さんですかー……。……判っちゃいましたけど、京梧さん達って、手段選びませんよね……」
「九ちゃん、遠い目してる場合じゃないだろ。────それで? 話の続きは?」
そんな彼に、けろりとした調子で京梧は『手品』の種明かしをし、知りたかったことを知った九龍は黄昏れた視線を漂わせ始め、深い溜息付きつつ黄昏れる彼を、甲太郎は、馬鹿、と小突いて、話を元に戻した。
結論から言ってしまえば、年長組は、何か事件が起こったから、とか、緊急事態で、とか言う理由で、若人達を呼び付けた訳ではなかった。
────散々、鳴滝相手に言いたい放題の要求をして、我が儘な言い分もごり押しした京梧と龍斗だったけれど。
莫大な資金を投入しようとも、無茶苦茶なことを要求されようとも、鳴滝が『龍命の塔』の片割れを護る為の場所を造り上げたのは、彼の親友だった緋勇弦麻──龍麻の実の父が、己が命と引き換えにしてまで護ろうとしたこの世界を、亡き親友に成り代わって、出来る限り護り通そうとしているから故のこと、と知っていたので──それを知っていて、我が儘にも程がある要求を彼に飲ませたのだから、京梧にしても龍斗にしても存分に鬼だが──、自分達の新しい生活が落ち着くのと、鳴滝が、この分なら大丈夫だろうと安堵するまでを待って、彼等は、自分達が『おニューな道場』に引っ越したことと、『何故、そうすることを選んだのか』を、電話等でなく、直接呼び付けて若人達に伝える為の手筈を整え始めた。
若人達にしてみれば、傍迷惑且つ横暴以外の何物でもない手筈を。
だが、居場所を把握している京一と龍麻は、呼び付けようと思えば何時でも呼び付けられるが、九龍と甲太郎はそういう訳にはいかぬので。
取り敢えず、年少組が何処で何をしているかから確かめようと決めた彼等は、鳴滝に頼んで、彼の愛弟子である、M+M機関のエージェントな壬生紅葉に、九龍達の居場所を調べさせた。
親代わりでもある師の頼みだからと、乞われるまま、その調査の本当の依頼人が誰達なのかを知らぬまま壬生が素早く調べ上げた、九龍達の現在の仕事の状況その他に関する報告は、やはり鳴滝経由で京梧と龍斗の許に届き、年少組がグアテマラにいることと、そこでの彼等の仕事が間もなく終わるらしいことを知った彼等は、このタイミングでなら、九龍達と、移動したばかり──即ち、移動先での修行等に取り掛かる前の龍麻達の双方を一遍に呼び付けられる、と踏み、それを実行に移した。
…………一応、京梧と龍斗は、引っ越した事実や、そうするに至った経緯や、その道を選んだ理由を面と向かって語り聞かせる為だけに、若人達を、わざわざ海外から呼び付けた訳ではなく、『若人達がいなければどうしようもないこと』があったから呼び付けようと決めたのだが…………────。
「…………とどのつまり。俺達は、あんた達の『新居』の披露と、その経緯を語られる為だけに、グアテマラやインドくんだりから呼び付けられたってことなんだな?」
再びの京梧と龍斗の説明に一応の区切りは付いたが、その段階では未だ、二人の口からは、『若人達がいなけれはどうしようもないこと』が存在していることすら語られていなかったので。
九龍や龍麻や京一が、無茶振りにも程がある……、と項垂れる横で、不機嫌そうにアロマを唇の端に銜えながら、甲太郎が単刀直入に、『それまでの話で明らかにされた事実』を突き付けた。
「……甲ちゃんの、そーゆー、誰に対してもストレートなとこ、俺、今だけは猛烈尊敬する。ブラボーだ、甲ちゃん。────それだけですかっ!? それだけの理由なんですか、京梧さんに龍斗さんっ!」
目上を目上とも思わない彼の言動へ、九龍は、その時ばかりは憧れの眼差しを熱烈に送り、彼に倣い、きぃ! と年長組に文句をぶつけた。
「あの。俺、ちょーーーーっと、暴れてもいいですか……」
続き、龍麻も、眩暈に耐えている風に眉間を押さえながら、ボソっと龍斗へ零し、
「……たまには、師弟で打ち合い、ってのも、悪かねえよなあ? 馬鹿シショー?」
京一は、空々しい爽やかな笑みを頬に貼付けると、傍らの竹刀袋を、渾身の力で掴んだ。
「幾ら何でも、新居の披露や、その成り行きを話して聞かせる為だけに、お前達を呼び付けた訳ではないが?」
「ああ。俺達だって、そこまで無茶は言わねぇぞ」
と、そこで漸く、龍斗と京梧は、未だ彼等に打ち明けるべきことがあるのを匂わせ、が、茶請けが足りないと、茶箪笥から団子を引き摺り出し、
「あーー、何処に仕舞ったんだったかな……」
団子の串を銜えたまま、京梧は、居間の片隅に置かれた帳場箪笥の引き出しを漁り始めた。
「ああ、京梧。その引き出しではなくて────」
京梧が始めた『探し物探索』に、直ぐさま龍斗も手を貸し、暫くの間二人は、今度は一体何を始めたのかと、溜息付き付き見遣ってくる若人達を放り出し、ここでもない、そこでもないと、帳場箪笥のあちこちを引っ掻き回して。
「ほらよ」
「京梧。そのような物言いで差し出すものではない」
漸く、奥の奥から引き摺り出してきた『それ』を、龍斗に、言動がぞんざいだと叱られつつ、京梧は、ぽん、と京一の目の前に放り投げた。