京一vs九龍

言い表すなら、ズン……、との表現が当て嵌まるだろう一撃を喰らって、見事に地に沈んだ恋人を横目で見遣り、

「うわぁ……。痛そー……」

引っ担いで来た荒魂剣を背負い直しつつ、九龍は顔を顰めた。

「甲太郎の心配してる場合か?」

ひええ、と唇を引き攣らせた彼に、対峙した京一は笑いを投げ掛けた。

「明日は我が身ですな。ハハハハハ……」

兄さんの一人よりの科白に、ご尤も……、と嫌々頷いて、九龍は今度は、両手にハンドガンを構える。

彼が構えた二丁の拳銃は、双方共に、スタームルガーP85と言う、ここ最近、彼が愛用している銃器の一つだった。

この銃は、実用性が高い割に安い。九龍の言葉を借りるなら、「お買い得!」と相成るくらい、安い。

それが、彼がこの銃を気に入っている理由の一つだ。

尤も、流石に九龍と言えど、安価、と言うだけを理由に、P85を携えている訳ではないが。

────あくまでも、彼等六名の中で語るなら、の話だけれども、誰よりも九龍が秀でているのは、『手数の多さ』だ。

その生業が武人ではなく宝探し屋である為、彼は、手段も得物も選ばない。

又、己の実力を嫌と言う程思い知っているから、『物理的な手数の多さ』を好む傾向が彼にはあって、故に、一キロを切る重さの、装弾数も十五プラス一発とそこそこにある──そして安い──P85は、今の彼には『向き』で。

「行きますよー!」

盾代わりに、遠慮会釈なくぶっ放した9mmパラベラム弾三十発分の弾幕を張りつつ、或る程度まで京一との距離を詰めると、九龍は、ベルトに絡げておいた鞭の握りを掴んだ。

…………京一が本気を出したなら、高が三十発の銃弾程度、氣を乗せた刀の一閃で弾き返すか叩き落とすくらいの芸当は、目を瞑ってでもやって退ける。

それは九龍も承知のことで、だから彼は、京一が銃弾の雨を氣で以て片付ける僅かの間に、得物である刀を何とか抑え込もうと考えた。

剣士の得物は、当然、剣だから。

刀さえ抑えてしまえば、と。

「俺が言うのも何だが、お前、もうちっと頭使え?」

だが。

九龍の掛け声と共に音もなく抜き去った刀を、力強く、けれど何処か優雅に振って、本当に呆気無く、迸らせた氣にて作り上げた目には映らぬ『盾』で銃弾の雨を弾いた京一は、そのまま一歩も動かず、白刃の切っ先を先程とは逆方向に振り上げ、己が手許へと伸びて来た、九龍の鞭を二つに断った。

「……あ」

これられたらどうなるか、ってなことぐらい、俺や馬鹿シショーは肝に銘じてるっての」

そうしてそのまま、トン、と軽くだけ地面を蹴って、我知らず呟いた九龍の側へと寄った京一は、爽やか過ぎる笑みを拵えつつ、年下の彼の喉元へ切っ先を突き付け、

「甘過ぎました?」

「甘過ぎる以前じゃねえ?」

「ですよね……。…………それはそうと、京一さん」

「あ?」

「鞭ーーーー! 俺のファラオの鞭ーーー! 切った! 真っ二つに切った! うわーーーーん!」

お話にもならなかった、とギブアップ代わりに両手を上げつつ、九龍は、使い物にならなくされた愛用の武器を握り締め、抗議の声を放った。

「男のくせに、ぴーぎゃー喚くな、みっともねぇ」

勝負以前の問題で京一と九龍の『立ち合い』は終わり、「鞭がー!」と九龍が喚き出した時、袖に手を突っ込み腕組みしつつ青年達を眺めていた京梧が、ひょい、と退いていた岩壁より離れ、九龍と京一の許に近付いて来た。

「だって! これ、その辺で売ってる品じゃないんですよ! 貴重なお宝使って俺が合成したんですよっ!」

「だったら、又造りゃいいだろうが、そのお宝とやらで」

「又造れば、って、随分気楽に言いますなー、京梧さん……。お宝ですよ? 貴重なお宝が材料なんですよっ!?」

「……判った、判った。うるせぇな。──それよりも、九龍。お前が背負ってんのは、只の棒切れじゃねぇだろうが。鞭の一つや二つ、馬鹿弟子にぶった斬られた程度で喚くな、諦めるな。そんな剣を持ってやがるんだし、あー……、荒吐神だったか? んなのとやり合って倒したんだから、お前だってちったぁやるんだろう?」

「…………う。そりゃまあ、天香の遺跡で、荒吐神──正確には長髄彦ですけど、倒しましたけどー……。何と言いますかー。それとこれとは別問題と言いますかー……」

「別問題? 何がだ? いいから一寸、四の五の言わずに構えてみせろや」

のんびりのほほん見物を決め込んでいたのに、ここに来て急に、京梧もちょっかいを出したくなったようで、殆ど理屈になっていないことを垂れながら、彼は半ば強引に、尻込む九龍に剣を構えさせた。

「こんな感じなんですけど、どーでしょーか……?」

言い出したら聞かない京梧に押し切られ、渋々ながら構えを取ってみせた九龍は、窺う風な上目遣いを彼へと送り、

「……馬鹿弟子」

九龍の頭の天辺から足先までを一瞥した京梧は、ジトッと、隣の京一を睨め付ける。

「何だよ」

「お前が付いていながら、何てぇ様だ」

「俺が九龍に手解きしてやったことは一度もねえよっ! けど……、改めて見ると、こう……」

師匠の不興に大声で反論し、が、京一も又、ちろー……っと、構えを取り続ける九龍の全身を眺めると、軽い溜息を零した。

「えっ、えっ、えっ? あの……お二人……?」

「なってねぇ。構えからしてなってねぇ……」

だから、何が何? と九龍は慌て、京一が零した溜息に、京梧は、やはり同じく溜息を返すと、ああでもない、こうでもない、と手取り足取り、京梧や京一にしてみれば目も当てられないらしい九龍の構えを直し始めてしまい、

「九龍、豪勢だなあ。京梧さんに教えて貰えるなんて」

「確かに。九ちゃん的には災難なんだろうがな」

ほんの少しばかり離れた所で、もう一度立ち合おうとしていた龍麻と甲太郎は、傍らの光景に目を留め、苦笑し合った。

「……龍麻。甲太郎」

と、そこへ、京梧が向こうに混ざってしまって暇になったらしい龍斗が寄って来て。

「あ、龍斗さん」

「何だ?」

「先程の、お前達の立ち合いを見ていて感じたのだが。龍麻、お前は甲太郎に、『教える』と言うことをしたか?」

「え? えっと、意味が……?」

「京梧も私もその口だが、私達よりも更に、お前や京一は、修行と言えば実戦、なのだろう? だから、極々普通に『教える』と言うことを、甲太郎にしていないのではないかと思って」

京梧のように、若人達の『修行』に嘴を突っ込んでみたくなったのだろう龍斗は、彼の物言いに、一瞬、きょとん、としてしまった龍麻を置き去りに、甲太郎に蹴り技の型を教え出した。

「…………何だ、ひーちゃん。そっちもか?」

「うん。龍斗さんに、甲太郎、持ってかれちゃった」

「あの分じゃ、シショーも当分、九龍のこと構ってるだろうしな」

「……じゃあ、さ。京一」

「だな。久し振りに、やっか」

その為、『玩具』を年長二人に奪われ手持ち無沙汰になってしまった京一と龍麻は、顔見合わせ、ボソボソと言い合うと。

同時に、にぱらっと笑って、その場より遠離とおざかった。