京一vs龍麻
年長二人が年少二人へと何やら伝授し始めた一角より離れた、真神学園旧校舎地下・第一階層の、中央よりも少々奥へ行った所で、肩を並べて進めていた足を、京一と龍麻の二人は揃ってぴたりと止めた。
止め様、バッと彼等は声もなく、音すらもなく、それぞれ真逆の方向へと飛び退き、真剣を、拳を振り翳して、京一は陽炎細雪を、龍麻は秘拳・鳳凰を、容赦無く相手へと放つ。
刀に、拳に乗せた氣に、目に見える形すら取らせる彼等の奥義の一つは、激しい音立てぶつかり合って、凍える氣をも孕む陽炎細雪は、龍麻の放った氣塊を細かな氷の粒へと変えて散らし、紅蓮をも纏う秘拳・鳳凰は、京一の放った氣塊を一瞬にして霧へと変えて消した。
「久し振りだけど、やっぱいいな!」
「だね。気持ちいいし!」
霧となり散った己の氣を見て、京一は嬉しそうに声を張り上げ、氷の粒となり砕けた自らの氣を見て、龍麻は全開の笑顔を振り撒き、本気の構えを取ったまま、二人はひと度動きを止める。
「お。おっ始めやがったな、連中」
「中々ではないか、二人共」
「…………いい? 気持ちいい? あれが? ……甲ちゃん、あれの何がいいんだと思う? 気持ちいいんだと思う?」
「剣術馬鹿と格闘馬鹿の考えることも感じることも、俺には未知だ。訊くんじゃない」
階層の片隅で始まった彼等の立ち合いに、京梧も龍斗も教示の為の手と口を留め、愉快そうな視線を向けて、洩れ聞こえた科白に、九龍と甲太郎は呆れを滲ませた。
「最高だけどよ、こーゆーの。……いい加減、なあ? ひーちゃん?」
「だね。高校の頃から今まで、一度もきちんと決着付いてないから、うん、いい加減、ねえ? ──と言う訳で、京一。今日こそっ!」
「望む処だ、今日こそ決着付けてやんぜっ! そろそろ、身の程知っとけ、龍麻っ!」
「身の程知るのはそっちだろっ! 俺が負ける訳ないじゃんかっ!」
────愉快そうに見守る年上達と、呆れているように眺めてくる年下達の視線の中。
動きを止めたまま二人は与太を言い合い、果ては怒鳴り合い、としながらも、何時、相手が次の一手を打ってくるか、それを気配のみで探り合って、
「減らず口ばっかり叩きやがって!」
「そう言う自分は、意地ばっかり張ってるだろっ!」
京一は、力籠められた龍麻の脚がぴくりと動いた瞬間、龍麻は、京一の右肩口が僅かだけ下がった瞬間、弾かれたように、前のめりに身を突っ込ませた。
……その次の刹那より、幾度も。
近付き合った彼等の刀と拳がぶつかる鈍い打撃音と、バチリと氣が爆ぜる衝撃が上がった。
……始めの一手以降、二人は互い、奥義を打たなかった。
打っても無駄だ、と双方共に思っていたから。
──それぞれの手の内は、それぞれ、嫌と言う程知っている。
奥義など、そう簡単には喰らってくれぬことも。先手を取ったとて、相殺されることも。それでも技を放てば、消耗して行くのは自身であることも。
だから、彼等が次に必殺の奥義を打つのは、確実に相手を仕留める時でしか有り得ず。
「…………なあ、ひーちゃん──龍斗。こいつぁ、ちょいと──」
「──ああ。そうだな。京梧、お前の言いたいことはよく判る」
子孫二人を眺めながら先祖達が何やら言い始めた最中も、奥義を放てる好機、その刹那の時間を得る為に、京一と龍麻は、刀と拳を交え続け。
………………幾度目かの刀と拳の激突の後、ふいっと龍麻が身を屈めた。
バン、と地に両手を着いた彼は、空を切る音と共に伸ばした脚を振って京一に脚払いを仕掛け、直後、その無理な体勢から蹴り技を放った。
脚払いそのものは避け切ること叶えたが、顎目掛けて蹴り上げられた、氣の乗った龍麻の脚より身を躱す際、僅か、京一はバランスを崩した。
「貰ったっ!」
やっと巡り来たチャンスに龍麻はニヤッと笑って、背のバネだけで、ブリッヂ状態に近かった己の体を跳ね上げ立ち上がり、
「八雲っ!」
突き出した拳に、渾身の一撃を乗せた。
「舐めたこと言ってんじゃねえぞっ!」
が、京一は、バランスを欠いた足許を、崩れるに任せて滑らせ、地に着けた左手で身を支えながら、右手一本のみで掴んだ刀を下段に構え直し、
「剣掌・発剄っ!」
放たれた龍麻の八雲に自身の氣をぶつけ、氣塊同士の衝突が生んだ衝撃で、彼を退かせる。
「秘剣、朧残月っ!」
「螺旋掌!」
眼前で氣が爆ぜた為、思わず龍麻は顔を両腕で庇い、故に今度は京一に好機が訪れ、彼も又、立ち合い相手を仕留める為の奥義を放ったけれど、龍麻はそれを打ち消してみせ、
「生意気…………」
「生意気なのはてめぇだろうがっ! 何で避けやがんだ!」
「あ、そういうこと言うんだ!? 京一こそ、何で大人しく喰らわないんだよっ!」
「八雲なんざ喰らって堪るか、馬鹿野郎っっ」
「俺だって、朧残月なんか喰らいたくないっ!」
五メートル程の距離を置いて対峙し直した彼等は、キーーーーっ! と悪態をも打つけ合った。
「…………甲ちゃん。あれ、決着付くのかなあ?」
「無理なんじゃないか?」
「だよねえ……。でも兄さん達、どっちかが勝つまで、ずーーっとやってる気がするんだけど」
「……確かに」
何とかでも勝敗が決するか、と思えたのに、結局は振り出しに戻り、手足を動かしつつもぎゃあぎゃあ言い合い始めた二人の様に、九龍と甲太郎は溜息を吐き、
「ま、あいつ等がやりたいってなら、一晩でも二晩でも、気が済むまでやってろ、ってなもんだが。何時まで経っても決着が付かねぇんじゃ、流石に俺達が暇だしな。することもあるし。……おい、九龍。お前、火薬か何か持ってねぇか?」
やれやれ……、と言わんばかりの年少組のぼやきを聞き付け、京梧は、穏やかでないことを言い出した。
「へ? ……ああ、昨日、暇潰しに拵えた爆弾ならありますよ。手持ちの材料だけで造ったんで、素粒子爆弾ですけど」
「…………何で、手持ちの材料だけで素粒子爆弾なんか拵えやがる、馬鹿九龍っ! 何時、そんな物造りやがったっ!?」
「ん? 昨日、成田で新宿行きの高速バス待ってた時、甲ちゃん、一寸離れた所にアロマタイムしに行ったやん? その間、俺は暇だった訳ですよ。で、つい、視界に入った、傍迷惑に駐車してあったバイクから点火プラグ『拾わせて』頂いて、客待ちのタクシーからガソリン『お裾分け』して頂いて。ちょろちょろーっと。何処までも、暇潰しに」
「『つい』、『暇潰しに』造る物か? 素粒子爆弾は、手慰みに造っていい物なのかっ!?」
その、穏やかでなさ過ぎる発言をさらっと受け止めて、九龍が、着込んでいたベストのポケットの一つから、ひょいっと危険過ぎる代物を取り出してみせたから、甲太郎は思わず突っ込む。
「どんな代物かは知らねぇが、何でもいい、それ、連中の方に放り投げて来い。そうすりゃ、あれも済し崩しに終わんだろ」
「はーーーい!」
「龍麻! 京一! 避けた方が良いぞー」
が、甲太郎の突っ込み空しく、素粒子爆弾が如何なる物なのか知りもしないのに、よくよく考えずとも恐ろしいことを京梧は九龍に命じ、言い付けられた九龍は、嬉々として素粒子爆弾をぶん投げ、一応の情けくらいはくれてやった方が良いかと、龍斗は、のほほん……と、やり合いを続ける子孫達に忠告を与えた。