39.アレとの関係 act.5
「未だ、ラダトで交易商をしていた時。アップルが私に助成を求めているらしいと、ハイランド側が知ったらしくてな。その事を、誰が進言したのかは知らんが、あれ……ルカ・ブライトに、呼び出された」
──ぼんやりとした風でもなく、投げやりな風でもなく。
軍議の席で、己が策を語る時の様に、しっかりと、居合わせた人々の視線を捕えて、シュウは話し出した。
「……私です。貴方の噂は、聞き及んでいましたから。同盟軍に助成される前に、出来るならハイランド側へ取り込んでしまいたいと……そう思って……」
「…だが、あれの考えは違った」
始まった話に補いを加えたクラウスを、ちろりとシュウは見て。
又、口を開く。
「路傍の石でも、退けておくに越した事はないと、そう思ったらしくてな、あれは。私の首を刎ねたかった様だが……まあ、私も唯黙って殺されるつもりはなかったから。一寸したやり取りの成りゆきもあって、生きてはいる。随分手酷く、犯されはしたがな」
「………………え?」
──告白に。
フリックとマイクロトフが、瞳を見開いた。
「それで済めば良かったのだが。あの時ついうっかり、余計な事を云ってしまってな。……アップルに何を云われようと、同盟軍に与するつもりは、あの頃の私にはなかったから、同盟側に付く事は、天地神明に誓って有り得ぬ、もしもそれを破る事があったなら、その時は、殺されようが犯されようが、文句は云わん、と。そう云ってしまって。それから暫くして、私は誓いを破ってしまったから。初めてここで、ハイランド軍を退けた時、本当に、あれは、『ここ』へと姿を見せて──」
「──あの時にか? ここって、この城に?」
「城門の外、だったがな」
「…………そう云う問題じゃないだろ…」
「何故? あれは、誓いを破る事があったらどうしてくれても構わない、と云った私の言葉を、受けただけだ。私も、自分の言葉に責任を取っただけだ。ハイランドを率いる王族と、同盟軍の軍師、と云う立場とは関係のない、言わば、契約を交わした者同士のそれだったのだから。別段、問題があるとは思えないが? その後も、つい最近まであれは、ここに通って来ていたのだし。向こうは私の躰に御執心だった様だし。私は私で、寝首を掻ければ、それに越した事はないと思ったからな。退ける理由も、見当たらなかった」
唯々、目を丸くするだけのフリックに、淡々とシュウは云う。
そして、話は続けられて。
「その後、まあ…語るのも鬱陶しい事情は色々とあるが…。一寸した弾みで、ビクトールとクラウスとリッチモンドの三人には、私とあれが会っている事がばれてな。私とあれが、後朝(きぬぎぬ)を迎える仲だと思ったんだろうが……そんなに色気のある話でもない。唯……色々、あって。葬ってしまうタイミングを逃したから、今日まで来てしまっただけの話だ。……もう、あれが死んだ今となっては、済んだ話、だ」
「あの……。シュウ殿?」
ビクトール達の隠し事は、こうして語るまでもない、下らない秘密だ……と、シュウの語りは終わった。
しかし、話は終いだと、瞳で告げた彼を、そろりとカミューが呼ぶ。
「何だ? カミュー」
「では……その……申し訳ない言い方だとは思いますが……貴方はずっと……それだけの為に、ルカ・ブライトと……?」
「別段、望んだ訳ではないがな。あれに組み敷かれて勝てる訳ではなかったし。好きにしろと云ったのは私だ。あれを繋ぎ止めておく事が出来れば、何時かは殺せる日も来たろうし。──些細な事だろう? 如何なる手段を使っても、『ゲーム』には勝つべきだ。況してや、戦争の様に、負ける事の出来ぬゲームなら尚更。例え無駄に終わっても、やっておいて損がなければ、私はそうする」
──常の様に。
ぴくりとも変わらない表情のまま、淡々とした声のまま。
少しばかり表情を歪めながら尋ねて来た彼に、シュウは答え。
「少しだけ、寝ようと思う。すまないが、もう出て行ってくれ」
夜が明けれは又、ルカ・ブライトが死んだ今宵の出来事などなかったかの様に、昨日までと同じ日々が続いて行くのだから、と云わんばかりに、仲間達を追い出した。
「……ぞっとしない話だねえ……」
「まあな……」
「…あいつ、どっかおかしいんじゃないのか」
「おかしい……は、言い過ぎの様な気がしますが」
「俺は……おかしい、とまでは思わない、が……その……少々、異常だと思う」
「……一緒だよ、マイクロトフ……」
──シュウに追い出されて。
城の窓から窺える、もう間もなく夜が明けそうな空を見遣りながら、酔っ払いだらけの広間に戻る気にもなれなかったし。
が、今日から又始まる日々の為にと、部屋へ引っ込む気にもなれなかったし、で、人々は、何となく、他には誰もいないレオナの酒場の片隅で、身を寄せあっていた。
大の男が六人、肩が触れ合う程の距離で座り込む、と云うのは、余り居心地の良い話ではなかったが、何となく、誰の心情的にも、そうしていたい、と思わざるを得ない様な雰囲気が、そこにはあった。
「どれくらい前の事だったか……。ここで、リッチモンドにな……──」
馬鹿みたいに、困惑に満たされた面ばかりを並べ、集ってみたのはいいけれど、ともすれば、嫌な沈黙に満たされて、バツの悪い思いをしそうで、そしてそれが堪らなく思えたから。
不意に立ち上がって、カウンターの中から勝手に酒瓶を取り上げ、ラッパ飲みをしながら、ビクトールが話し出した。
どうして、この出来事に首を突っ込む事になったのかの、経緯を。
故に、自然、リッチモンドもクラウスも、吐き出してしまえ、と話を始め。
今日と云う日を迎えるまで、一連の出来事に首を突っ込まずにいられたマイクロトフとフリックは、唯、それに耳を傾け。
「……少し前、に」
最後に、カミューが口を開いた。
「少々、その……思う事があって、眠れなかった夜がありましてね……」
五対の瞳から放たれる視線を一身に浴びつつ、彼は話し出す。
「どうせ眠れないなら散歩でもしようかと開き直って、散策していたら、シュウ殿に、会ったんです。……数刻前、ルカ・ブライトが死んだあの場所で、ね。……何と云えばいいのか……その時のシュウ殿は、何か思い煩っておられた感じ……と云うか…その……」
「何だ? カミュー。珍しいな、言い淀むなんて。はっきり云わないか」
「…………その。有り体に云えば、あの夜、シュウ殿が語られた事は…どう聴いても、恋煩いをしている者のそれ、としか私には思えなかったんです。だから……それから数日経って、ビクトール殿に、シュウ殿に関して何か知っている事がないか、と云われた時に、もしかしたらシュウ殿は、我々……同盟軍の人間に知られる訳にはいかない相手──例えば、ハイランドの人間……と、そういう関係なのか、と思いましてね……。色々、思い巡らせたんですが。……まさか、あんな話を聞かされる事になるとは………」
語り終えた話の最後に、やれやれ、そんな感じで、カミューは肩を竦めた。
「成程、な……。だが、もう……過ぎちまった話だし。現実問題、ルカ・ブライトは死んだ訳だし。シュウ本人の話を聴いてみても、ビクトール達の話を聞いてみても、杞憂、だったんだ。あいつはこれまで通り、軍師を勤めるんだろうしな。……もう、この話は止めにしないか? 余り、後味のいい話でもないし……忘れちまった方が、シュウにとってもいいんだろうし……」
何処か、やり切れ無さそうな、カミューの仕種を横目で眺め。
もう、この話は、終わりにしよう、と、フリックが云った。
全ては、ルカ・ブライトの死を以て、終わってしまった事なのだから、と。
「そうだな……」
知りたくもなかった話だと云うニュアンスを隠さないフリックに、人々は頷く。
そして彼等は、誰からともなく、席を立ち。
その夜も又、戦争と云う出来事のワンシーンでしか有り得なかったかの様に、月日は、それまでの日々と変わらず、流れ。