「……それって。運命は、変わらないってことですか…………」
すまなそうなトーンで告げられた、カナタの言葉を受けナナミは、益々顔を歪め。
「そうじゃない。そんな意味じゃない」
「でもっ。結局はそうでしょうっ? 終わらなきゃ止まらないなら、止まった時には全部、終わってるってことでしょうっ? セツナとジョウイが戦わなきゃ終わらない戦争が終わったら、私達には何が残るの? ……私……私はっ。私は、セツナにも、ジョウイにも、変わって欲しくなんてないっ。振り向いてるだけでもいいの、私は昔に戻りたいの……っ。……マクドールさんっ……私は、そんなことも思っちゃいけないの? 私はセツナに、私の前でさえ同盟軍の盟主でなんていて欲しくないのっ。私はこの子に、変わって欲しくなんてないのっ。同盟軍の、盟主、だなんて………………。セツナは私の、弟なのに…………っ」
一層声高な、想いを叫んで彼女は、広げた己が両手に、顔を伏せてしまった。
「……セツナが、同盟軍の盟主であることと、ナナミちゃんの義弟であることの次元は、違う。それを一緒にしてしまったら、辛いだけだから。もう、そんなことを考えるのは、止めた方がいい。…………ナナミちゃんも、疲れてるんだよ、きっとね。だから少し、休んでおいで。セツナのことなら僕が看てるから。セツナが起きた時、笑ってたいだろう? ナナミちゃんだって」
泣き伏した彼女の傍まで進み。
その肩に、そっと手を乗せ幾度か叩き、カナタはそう言って、彼女を立たせた。
「……そう、ですね…………」
カナタ相手に、誰にも言うまいと決めていた想いを吐露してしまうくらい、己が今疲れ果てていると、ナナミも悟ったのか。
言うだけ言って、泣き出した彼女は、促されるまま立ち上がり。
「一寸だけ、休んできます……」
余り、しっかりしているとは言えぬ足取りで、その部屋を出て行き。
「…………相変わらず。セツナ以外には『平等』だな、カナタ」
彼女と入れ替わる形で、今度は、両手を盆で塞がれたビクトールが、扉を蹴り開けるようにしながら入室して来た。
「……どういう、意味? 一寸、心外なんだけど」
部屋へと踏み込むなり、開口一番そう言ったビクトールに、カナタは斜に構えたような態度を取ってみせる。
「んなのは、お前が一番良く判ってんだろ。『セツナ以外』のことにも、ちったぁ理解を示せよ。上辺だけでもな」
だがビクトールは、カナタがわざと細めた瞳をちらりと横目で眺めるだけで対峙を済ませて、手にしていた盆を、がしゃりと乱暴に、ベッド脇の小テーブルに乗せた。
「これは?」
そうされた反動で、カシャ……と、盆の上に乗せられていた、スプーンと、スープの盛られた皿が跳ねて、湯気を立てながら揺れる皿の中のスープと、ビクトールの顔を彼は見比べた。
「飯。お前も食ってねえんだから、それくらい、腹ん中入れろ。……俺も見るのはすっげえ久し振りだが、お前、疲れたような顔してるぞ? …………ネクロードの野郎と、何か遭ったのか?」
すればビクトールは、随分と珍しい顔色をしている、と言いながら、ピッとカナタの鼻先まで、伸ばした指先を近付け。
「そんなこと、ある訳ないじゃない。心配性だよね、ビクトールって」
カナタは、食べ終わるのを確認するまで部屋を辞さない構えらしい傭兵に軽い笑いを送って、先程までナナミが腰掛けていた椅子に座り、スプーンを取り上げた。
「……で? 本当は?」
「だから。本当に、何も無い。裏返してもひっくり返しても、何も無い」
「…………頑固者」
「お互い様。…………どうだっていいんだよ。あんな、吸血鬼のことなんて。セツナが無事なら……僕は、それで。それ以上、何も望まないよ……」
何も彼もが、何時も通り、と。
そんな風情で食事を進めてみても、ビクトールの追求は続き。
ふと、スープを口へと運ぶ手を止め、カナタはセツナを見下ろした。
「セツナ、か……。それがお前の『全て』ってか?」
「…………どうでもいいじゃない、そんなこと。この子が、僕の全てであろうとなかろうと。但、僕は、この子が…………──」
「カナタ。……お前も、もう寝ろ」
食事半ばでスプーンを置き、セツナを見詰めたまま。
カナタが、動こうとしなくなったので。
ビクトールは、その部屋のもう一つのベッドから毛布だけを剥いで、カナタへと投げ付けた。
「どうせ、そこから動く気はねえんだろ?」
「まあね」
「程々にしとけ。何事も、程々に、な」
ばさりと、顔目掛けて投げ付けられた毛布を、片手だけで受け止め、傭兵の呆れに、カナタは苦笑を返す。
「じゃあな、又、明日」
故にビクトールは肩を竦め、盆はそのままに、部屋を出て行き。
カナタは、月が映り込み始めた窓辺をカーテンで覆ってから毛布を羽織り、眠るセツナの枕辺に凭れ掛かった。
「……君は、君だ。何かの立場の上に在るだけが、君の姿じゃない。……君の幸せなんて。僕にも判らない。君の幸せは、君にしか判らない」
緩く、白い布地に頬を預けて凭れれば、息が掛かる程、セツナの面が近付き。
眠り続ける面へ向けてカナタは、ぽつりぽつりと呟いて。
「…………でも、ねえ、セツナ。もしも僕が、君の、その手の中にね。僕が、この手で……………──」
彼は、セツナの頭へ剥き出しの右手を伸ばしつつ、ふっ……と、呟きを放っていた口を噤んだ。
「────お休み。……本当は、今夜は。君の声が聞きたかった。君の声を聞いて、君の薄茶の瞳を見て。そうして共に、眠りたかったよ。……だから、目覚めたら。僕を見て、僕を呼んで。ね? セツナ。何一つ、良い思い出の出来そうにないこの街だから。……僕はね、セツナ。『父様』達の名ではなく。君の名だけを呟きたいんだ」
そして、一呼吸置き。
閉ざした唇を、再び開き。
彼は、そんなことを願って、瞼を閉ざした。
……その夜。
天頂に、紫の月は輝き続け。
荒れ野に囲まれた、寂しい村の片隅で、少女は一人、泣き続け。
荒れ野に囲まれた街の何処かで、魂喰らいの『一つ』は息づき。
紫の、月光遮られた部屋の中で、青年は一人、夢を見つつ眠り。
青年の見た夢の中で、彼の名を呼び笑った、眠り続ける少年は。
誰も知らぬ間に、己が髪に乗った青年の右手に、右手を重ねて。
──二日後。
確かに目覚めた時、少年は、青年のみを見遣り、その名を呼び。
微笑み。
その腕を伸ばした。
あの坑道の中で、忘れ去ってしまった遠い昔を、それでも思い出し掛けた彼に。
又、全てを忘れ去らせるような笑みを浮かべて。
例え全てを思い出しても、全てを赦せるような笑みを浮かべて。
『幸せ』は、『ここ』にあるのだと、そう言わんばかりに。
End
後書きに代えて
大分以前から、ずーっと書こうと思っていた、ティントが舞台のお話でした。
ネクロードさんVSカナタ・マクドールさん、なお話。
……そうです、この話、あの件が書きたかったんです。
この話のカナタ、結構本気で怒ってますしね。ネクロードが、特大の「カナタ専用地雷」踏んでくれたから。
そして、珍しく凹んでもいる、お子一号。
まあでも、セツナが起きれば、あっちゅー間に何時も通りですし。この後、シエラ様との出会いも待ってますし。
早々、凹んでる暇も繊細さも、このお子にはない。
尚この話、『蛍の水』のティントの件(No.11)と、『千夜一夜2』のティントの件(No.15&16)を合わせてお読み頂けると、一層愉快かも。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。