目的の人物、ルックは、直ぐに見付かった。

……だが。

「幾ら何でも、そんなの無理に決まってるだろっっ!」

ユインの奴の無事が判って、今、大体どの辺にいるのかも判ったから、転移魔法で、ここへ連れて来てくれないか、と頼み込んで来た二人に、にべもなく彼は言って、そっぽを向いた。

「何で。どーして。お前の瞬きの魔法は、ビッキーのそれとは違うんだろう?」

「そりゃ確かに、あのドジ娘と僕の魔法は別物で、ドジ娘のそれよりは遥かに融通が利くけど。大体どの辺って程度しか判ってない相手を捕まえて来るなんて、そんな都合のいいこと出来る訳ないだろうっ? ……言っておくけどね、魔法だって、万能じゃないんだよ」

「でも、お前の師匠のレックナートは、神出鬼没じゃねえか」

フンっっ、と不機嫌そうに、有らぬ方を向いた彼を、ビクトールは焚き付けてみたが。

「…………………………だよ……」

「……あ?」

「…………レックナート様程、僕は未だ器用じゃないんだよっっ。悪うございましたね、ご期待に添えなくてっっ」

ルックは、酷く機嫌を損ねた。

どうやら、触れて欲しくない話だったらしい。

「いや、そーゆーことを言ってる訳じゃなくてだな……。俺達は、只ユインを──

──しつこい熊だね。無理なものは無理。例えば、あいつの紋章の気配とか、そんなのが追えれば出来なくもないけど、ユインだって、それを消すくらいの芸当はしてみせてるから。まあ、不可能だろうね」

「……そうか。じゃあ、ロックアックスへ行って、カーラを、ってのは?」

「…………生憎と。ロックアックスの城門辺りまでなら、可能だと思うけど。行ったことのない街の、しかも城の中に、って芸当は、僕には未だ」

盛大に、機嫌を損ねられてしまったものの、傭兵達は諦めず、ユインが駄目ならカーラを、と、そう風の魔法使いに迫ったが、その請いに対する答えも、芳しいものではなく。

「…………処であんた達、何をそんなに焦ってる訳?」

ルックは、漸くそこに気付いたように、困り果てた風な二人を、順に見比べた。

「……それがな」

何で僕が、こんな、熊と青一色な二人組に、自分の未熟を告白してやらなきゃならないんだと、憤慨しきりになりながらも、どうしてそんなに、と、それでも尋ねてしまう辺りが、毒舌で、性格もどうしようもなく悪いと同盟軍内外で評判である、ルックというこの少年の隠された人の良さを、証明しているのかも知れない。

行軍開始直前、どたばた、それはそれは騒がしくやって来て、両隣に立つや否や、ぎゃいのぎゃいの、やれ転移魔法が、やれユインとカーラが、と喚き始めたうるさい二人を、それでもルックは、それ以上にはないがしろにしながったのだし。

だから、酷く機嫌を損ねた風になりながらも、聞く耳は失われていないと悟った傭兵達は、手早く事情を語った。

──…………ふうん……。何考えてるんだろうね、あの正軍師。まあ、でもアレじゃないの? シュウのことだから、ユイン一人を待つ為に、策の段取り変更する訳にはいかないとか思ってるだけなんじゃない? ミューズからこっちのカーラ、目も当てられないくらい酷かったけど、それでも今は一応、盟主としていようって、努力はしてるみたいだから、そんなカーラに、ユインのこと教えて動揺させたくないとか。……そう考えるのが、自然だと思うけど」

小うるさい傭兵二人が、ああだこうだ、口々に訳を語り終えるのを待って、顔を顰めながらもルックは、慌てふためく程おかしいことでは、と、そう述べた。

「じゃあ、ミューズでのハイランド軍の様子が、ちょいと納得いかねえそれだったから、迂闊に動くなってユインの忠告も無視したってのは、どう説明すんだよ」

だが、筋は通っているように思えるルックの意見を聞いても、ビクトールは食い下がって。

「………………あー、もー……。ほんっとうに、世話の焼ける……」

顰めたままだった面を、それはそれは、ムッッ……としたそれにルックは変え。

「どうしてこう、どいつもこいつも、馬鹿なんだろうねっっ。こんな連中にこれ以上付き合わされるくらいなら、レックナート様の不興買うの覚悟で、魔術師の塔に帰った方がマシっっ!」

ガンっ!!!! …………と、凄まじい勢いで彼は、手にしていたロッドの先で、地面を突いた。

「ルック?」

「……どーした?」

「うるっさいっ! 機嫌悪いんだから、馴れ馴れしく話し掛けないでくれないっっ? とっとと、ハウザーかテレーズ辺りに、行軍から外れるって言って来なよっっ。でないと、面倒見ないよっっ!」

苛々とした素振りで、突然怒鳴り出した彼へ、傭兵達が目を見開けば、ルックの態度は噛み付かんばかりになって。

「判った、一寸待ってろ!」

態度や物言いは頂けないが、魔法使い殿が、協力してくれるつもりにはなったらしいのを腐れ縁コンビは悟って、身を翻し、駆け出した。

「ホントに、もう…………」

「おーい、何騒いでんだー? もう、出立するって言ってるぜ?」

と、全力疾走して行った二人の背中を見送って、ルックが溜息を吐いたそこへ、シーナが通り掛って。

「…………丁度いいから、あんたも手伝いなよ、ドラ息子。僕だけが貧乏くじってのも、癪に障るし」

「はあ? 手伝うって、何を?」

「いいから。黙って付いてくれば?」

ルックは、全く成り行きが見えず、目を瞬かせるだけしか出来ないシーナの、襟首を引っ掴んだ。

手早く連絡を終えた傭兵二人が戻って来た時、ルックは未だ、シーナの襟首をがっちり掴んだままだったから、何故? とは思いながらも、傭兵達は、何か呟いただけでも怒鳴り出しそうなルックに、それを問うことはせず、シーナも連れ、ルックが乱暴に唱えた転移魔法の力に頼って、ミューズ方面の関所と、ロックアックスの街を繋ぐ、街道へと向った。

どうしてこの場所に、しかも四人で、と、恐る恐る、魔法使いの機嫌の悪さに怯える三名が尋ねれば、手紙の書かれた日付と、ユインの移動速度を鑑みた結果、大体この辺りにいるんじゃないかと、適当な見当を付けただけだと、ムスっとしたままルックは答えて。

「だから、あんた達を連れて来たんだよ。大体この辺りなんじゃないか、ってことしか、僕にも判らないんだから。手分けして捜さなきゃどうしようもないじゃないか」

さっさとしなよ、と言わんばかりの口調で、三人を煽り立てた。

「……ああ、成程。そういうことか……」

「じゃ、仕方ないから……」

「何だか良く判らないけど、兎に角、ユインの奴捜せばいいってことなのか? つーかあいつ、無事だったんだ?」

そんな風にルックに吐き捨てられて、へーへー、と、『仰せ』に従うように、ビクトール、フリック、シーナは、辺りへと散る。

…………だがそれより、短くはない時間が過ぎても、発見出来てもおかしくない筈のユインの影すら、彼等には見付けること出来ず。

一人、二人と、捜索を開始した場所へ戻り始めた。

「いねえなあ……。山ん中か森ん中……って言っても……」

「だよな。限度あると思うぜ? 俺」

「もしかして、他の街道じゃないのか?」

「この街道以外に、ミューズの関所とロックアックス結ぶ道が、何処にあるって言うのさ」

そうして、結局四人全員が戻って来てしまったそこで、顔付き合わせるようにして彼等は、ぶつぶつぶつぶつ、零し合い。

「………………あ、そうだ……」

ひたすらに、苦虫を噛み潰したような表情でいたルックが、ふと、何かを思い付いたように、じっと、ビクトールを見詰めた。

……否、正確には、ビクトールの腰辺りを見詰めた。

「…………な、何だ?」

凝視して来るルックの視線に、ビクトールは及び腰になったが、うるさいとルックは彼を黙らせ。

「……一寸。それ、貸して」

「それ?」

「それったらそれだよ。星辰剣」

「星辰剣? 何すんだ? こいつで」

「いいから。黙って貸せばいいんだよっ」

彼は、ビクトールの腰から星辰剣を引ったくると、大剣を抱えたまま、一人、何処へと消えた。